基礎理論(その9)判例解析の手順

基礎編

 判例解析を次の手順で行うことにする。

(1) 判例の特定

 判例の特定は、裁判所の裁判、裁判日及び事件番号でなされる

1) 裁判所の裁判と事件番号

「最高裁……第三小法廷判決」を「最(3)判……」と略して記入する。最高裁の法廷による略号は以下の通りとなる

最高裁判所大法廷判決==⇒「最大判」、最高裁判所大法廷決定==⇒「最大決」
最高裁判所第一小法廷判決⇒「最(1)判」、最高裁判所第一小法廷決定⇒「最(1)決」
最高裁判所第二小法廷判決⇒「最(2)判」、最高裁判所第一小法廷決定⇒「最(2)決」
最高裁判所第三小法廷判決⇒「最(3)判」、最高裁判所第三小法廷決定⇒「最(3)決」

 「決定」は口頭弁論を経ることを必要としないで、なしうる裁判のことである(民訴法87Ⅰ)

2) 裁判日

令和=R、平成=H、昭和=S等。「平成7年9月19日」の裁判日ならば「H.07.09.19」と表す。

3) 出典

掲載された判例集を示す。略し方は以下の通りとなる。

「最高裁判所民事判例集第53巻2号193頁」=⇒「民集53-2-193」
「判例時報1671号71頁」==⇒「判時1671-71」
「判例タイムズ999号218頁」⇒「判タ999-218」

4) 事件番号

 同じ裁判所で、同日複数の裁判がなされることがある。その場合でも事件番号により特定が可能となる。古い著名判例でいえば、大判M.41.12.15(=大審院明治41年12月15日)には民法177条について、同条の第三者を「登記欠缺を主張する正当の利益を有する」者に限定する「明治41年(オ)第269号」と物権変動の原因を無制限とする「明治41年(オ)第274号」とがあるが、それらは事件番号で特定されうる。

5) 事件名

 事件名は原告Xが具体的に裁判所にどのような訴えを提起したかを訴状に記載するものである。ここを把握しておくと訴訟物(⇒基礎理論(その3)ーー訴訟物)の特定の大きなヒントとなる。

(2) 事案の整理=時系列表・当事者関係図の作成

 判例は具体的な法的紛争という事実に対する、裁判所の判断である。そこでこの具体的な法的紛争という事実を看過して判例解析することはでいないし、判例を使って民法を勉強する楽しさも半減してまう。

1)当事者関係図の作成

原告Xと被告Yしか関係しない事件であれば、当事者関係図を作成する必要はない。しかし3人以上登場してくると、誰がどのような立ち位置・配役になっているのか、わからなくなることがある。そのような場合には、当事者関係図を作成した方がよい。

2) 時系列表の作成

平成になってからの最高裁判所の判例は、判断に必要最小限の事実がよくまとめられていることが多い。これを参考に、時系列表を作成すると、どのような前後関係で事件が進展しているかが理解しやすくなる。また「調査官解説」と呼ばれる『最高裁判所判例解説民事篇』の「事実の概要」もよくまとまっている。もっともそれだけではよくわからない場合には、原審・1審(=原原審)の判決も見る必要が出てくる。この場合、大学等でLEX/DBやD1-Lawを利用できる場合には大いに活用されたい。ただし最終的に確定判決の判断に不要な事実は触れないほうがよいだろう。

しかし、手元に「調査官解説」もなく、原審・1審判決も見る手立てがない場合、わかる範囲でまとめるしかない。その場合にこの「民法の骨」が役立てばありがたいと思う。

 

(3) 訴訟物・請求の趣旨の確定

1)「基礎理論(その3)ーー訴訟物」のところでも触れたように、訴訟物は、原告が主張する裁判の対象となる一定の権利・法律関係のことをいう。裁判所の判決はこの訴訟物の存否の判断ということになる。これは「判例解析」の原点確定の意味合いを持つ。訴訟物は、基本的に定型であって、固定された用語法が用いられる。この訴訟物はたいてい、事件名から確定していくことが基本である。なぜならば、裁判所に提出する訴状に、被告Yに請求するものを事件名にして原告Xが記載しなければならないからである。しかし、事件名と無関係な判示事項というか、複数の訴訟物が存在するが、争点としては事件名と別の訴訟物を中心に展開される場合がある。その場合には後者の訴訟物を採用する方が理解しやすい。

2) 「請求の趣旨」は、原告が被告に求める請求の内容、裁判所に認めることを求める権利・法律関係の主張であり、原告が勝訴判決を得た場合の結論部分である。1審の判例を見ると、分かりやすい。請求の趣旨の中に「損害賠償として」「貸金返還として」等の法的な性格や理由付けを記載しないのが実務の扱いとなっているので注意を要する。執行裁判所が執行手続きをするとき、執行を受ける執行法上の債務者が法的性質や理由に異議を申し立てる機会を与えないためである。

(4)判旨の確定

1)判旨の確定

 まず裁判の結論はどうであったかを確定する。訴訟物でいわば出発点が確定したが、軌跡の終点として、原告Xの請求が結局認容されたのか、棄却されたのかを明らかにする。原審判決に満足していない当事者である上告人が上告するのだから、その上告が棄却されたならば、上告人に不利で、被上告人にとって有利な裁判がなされたことになる。破棄の場合は、原審判決が破棄されるのだから、逆の結果となる。破棄差戻は事実関係が不明瞭で裁判するまでに熟していない場合に、法律審である最高裁判所が事実審である原審に審理を差し戻して、再び審理させることである。基本的に上告人にとって有利な判断である場合が多いが、必ずしもそうでない場合もある。以上の関係を以下にまとめておく。

上告者判旨
原告Xの上告上告棄却=Xの請求棄却
破棄自判=Xの請求認容
破棄差戻=Xの請求認容?
被告Yの上告上告棄却=Xの請求認容
破棄自判=Xの請求棄却
破棄差戻=Xの請求棄却?

 結論として、「上告棄却(Xの請求認容)」or「上告棄却(Xの請求棄却)」等裁判の結果を明確にしておくとこれからの作業の準備としても有益である。

2)判決理由の分析

 民事裁判の場合には、一方的に原告Xまたは被告Yに有利な理由付けがなされることはほとんどない。判決理由を読み込むと、「この部分は原告Xに有利な論拠だな」「この部分は被告Yに有利な論拠だな」と思われる部分がある。それを区別する。そのためには例えば「原告Xに有利な論拠」とマークするとか、直線の下線を引くとか、「被告Yに有利な論拠」とマークするとか、波線の下線を引くとかするとわかりやすい。本ブログではマークを使用する。

(5)判例解析

ここまでの準備作業をしてから、いよいよ判例解析に入る。

1) X1番枠の確定

X1番枠は「請求原因事実」に近いものである。原告Xがどのような法律条文を使って自己の請求を正当化しようとするかを明確にする。ここは訴訟物を反映したものであることが基本である。根拠条文があれば、その要件を挙げ、その要件に対応する[要件]事実を時系列表を意識しながら要件の後に()の中に記入していく。

2) Y2番枠以後

Y2番枠以後は、時系列表を参考にし、さらに(4)2)の判決理由中、原告X、被告Yのどちらかに有利な論拠を見ながら、よりよい文脈として判決理由につながるかを検討する。ある判例を数度解析すると、回数を重ねるほどに、より純度が高まることが多い。その場合には、あらたな発見に会う喜びがある。上手くいかなくても、本ブログの「解析結果」を書写しながら、それを例として検討を続けていってほしい。場合によっては読者の方がよい解析をしていることもあろう。

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