基礎理論(その3)-訴訟物

基礎編

(1) 総論

訴訟物は民事訴訟等の裁判の対象となる法的な権利または法律関係であることを前回見てきた。また「判例解析」において、座標軸の原点に該当するものなので、この訴訟物がしっかり把握されていないと、解析自体、不十分なものとなってしまう。しかしこの訴訟物は単純なものであり、定型化されているのにもかかわらず、慣れるまでやや時間がかかる人がいる。

「定型化されている」と言ったが、要件事実関連の本を見れば大抵ブレがないからである。例えば、岡口基一判事の『要件事実マニュアル』や大江忠弁護士の『要件事実民法』その他に挙げられている訴訟物の例を見てもらいたい。もしも訴訟物が何かについて迷ったならば、要件事実関連本を見て確認することが重要である。

(2) 訴訟物の基本的な構造

今言ったように論者によって多少ブレがある場合もあるが、訴訟物は定型化されている。その基本的な構造を見ておこう。あくまでも基本的な構造に止め、特殊な訴訟物や民法以外の、特に民事執行法がらみの訴訟物についてはここでは解説しない。

1) 物権的請求権の場合

物権的請求権に基づく目的物返還請求権や妨害排除請求権の存否の判断を求める場合、基本的に次の構造を取る。

XのYに対する[物権の種類]に基づく[物権的請求権の種類]としての[具体的な]請求権

具体的には「XのYに対する所有権に基づく返還請求権としての目的物引渡請求権」とか「XのYに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権」といことになる。この場合の所有権という権利の根拠条文は206条である。言うまでもないことだが、物権的請求権は、返還請求権(占有を奪われている場合)、妨害排除請求権(占有以外の妨害を受けている場合)、妨害予防請求権である。よく返還請求権と妨害排除請求権の混同をしてしまう人がいるが、要注意である

2) 債権的請求権の場合

(I) 契約に基づく各種債権的請求権

契約に基づく目的物引渡請求権や金銭支払請求権の存否の判断を求める場合、基本的に次の構造を取る。

XのYに対する[契約の種類]に基づく[具体的な]請求権

具体的には「XのYに対する売買契約に基づく目的物引渡請求権」とか「XのYに対する金銭消費貸借に基づく貸金返還請求権」といことになる。これらの場合の権利はそれぞれ売買契約と金銭消費貸借契約から発生する権利であり、その根拠条文は555条と587条である。

(II) 契約に基づかない債権的請求権

契約に基づかない債権的請求権の存否の判断を求める場合、基本的に次の構造を取る

XのYに対する[発生原因]に基づく[具体的な]請求権

具体的には「XのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権」とか「XのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権」「XのYに対する不当利得としての利得返還請求権」といことになる。もっとも不当利得返還請求権は、債権発生原因が示されているので単純に「XのYに対する不当利得返還請求権」でもよいだろう。ただし具体的な請求権をさらに詳しく確定していく必要がある場合には、物権的請求権に倣って「Yの売買契約解除に基づく不当利得返還請求権としての目的物返還請求権」とする場合もある。これらの場合の権利の根拠条文は415条、709条そして703条である。

(3) 訴訟物の確定

例えば「XはYとの売買契約を錯誤を理由に取り消し、目的物の返還を請求した」という事実から、訴訟物を考えてみよう。Xが裁判所に判断してもらいたい権利は一体何だろうか?具体的には目的物返還請求権だが、この返還請求権は何に基づくのだろうか?

「錯誤取消しに基づく目的物返還請求権」としたいと思う人もいるかもしれない。しかし「錯誤取消し」は、ある特定の権利を発生する根拠条文ではないので、物権的請求権を基礎づけない。目的物返還請求権は、物権的請求権である返還請求権である。するとXは何に基づいて返還請求権を行使できるのだろうか?するとXの所有権に基づくことになる。つまり訴訟物は「XのYに対する所有権に基づく返還請求権としての目的物引渡請求権」となる。

今言った通り「錯誤取消し」は、ある特定の権利を発生する根拠条文ではないので、訴訟物とは無関係である。「錯誤取消し」はどこで出てくるかというと、解析を続ける場合、Xが所有権を主張すると、Yが売買契約の成立を主張して、Xの所有権がYに移転したことをいう。ここで初めてXが売買契約の錯誤取消しを主張することになる。ここのところを混乱すると、後に言う【X1判枠】が混乱し、座標軸の原点が定まらず、解析が非常に不十分なものとなってしまう。注意すべきである。

またXとYとの敷地の境界紛争で「Xが紛争地の所有権の確認を求める」という確認請求の場合の訴訟物を考えてみよう。確認請求事件でXが確認を求めるのは誰に対してか?これは裁判所に対してである。裁判所は、紛争当事者のXY間で「Xに所有権があることを確認する」という判断を下すか否かである。そうすると裁判所が判断すべき裁判の対象は、「Xの所有権」ということになる。また民法において相手方Yに確認を請求できる確認請求権は存在しない。「XのYに対する所有権に基づく所有権確認請求権」とすることは、請求の相手方を誤っているうえに、存在しない法的権利を訴訟物としている点で二重の過誤があるといえよう。

訴訟物は要件事実論的に言うと「請求原因事実」を基礎づけるものである。ちなみに要件事実論では、根拠条文に基づく主張に合わせて、主張立証責任の問題を加味しているので、根拠条文の要件を一部省いたり、ない要件を加えたりする。しかし「判例解析」においては、あくまでも条文重視の立場をできるだけ保ちたい。

(4)請求の趣旨

「XはYに対して売買契約を取り消して代金100万円の返還を請求した」という事実がある場合、訴訟物は「XのYに対する売買契約解除に基づく原状回復請求権としての代金返還請求権」となる。この場合、Xが請求認容の確定判決を受ける場合に、判決主文は「YはXに対して、100万円の金員を支払え」ということになる。訴訟物を認めてもらって、この結論を得ることがXの目的である。このXの目的である、判決主文に当たる部分を「請求の趣旨」といい、訴状にも書かねばならない。ただし「代金返還として100万円の金員を支払え」等々の給付の法的性質については書かないのが通例とされている。この判決が債務名義となって執行される場合に、執行される執行債務者が法的性質について争うことを回避するためである、と聞いたことがある。

請求の趣旨は第1審判決の冒頭の原告Xの主張を読むと見いだせるだろう。

(5) まとめ

「判例解析」にとって重要なのは、座標軸の原点を確定するという意味を有する訴訟物である。しかし、具体的に原告Xがどのような結果を求めていたかを示す請求の趣旨を総合して、原告Xが裁判で何を求めていたかが明らかになる。言い換えれば、原告Xの請求の具体的内容を訴訟物と請求の趣旨に分解すると考えてもよい。

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