基礎理論(その1)

基礎編

「判例解析」とは

 民事判例について勉強しようとすると、事実関係を調べ、そして結論である判旨に飛び、さらに類似判例を調べたり、学説を調べたりすることが一般的ではないか。研究者や実務家もこのような方法をとるだろう。このような勉強方法は判例知識を能率よく集積していくためには有効な手段であろう。

 ところで、判例を読んでみると、原告Xが訴えを提起し、それに対して被告Yが反論し、それに対して原告Xが再反論し、それに対して……というような対話が行われている。そしてその対話がある意味カードゲームのようにも見える。つまり原告Xが出してきたカードに対して、そのカードの効力を阻止するカードを被告Yが出し、それに対して原告X が被告Yよりも強いカードを出して、被告Yのカードを無力化する……というようにである。この民事裁判におけるカードゲームのカードに当たるのが、条文であることが基本である。

 このように見てくると、原告Xの訴え提起から終局判決が出るまでの、文脈というか、コンテキストというか、ストーリーということを考えてみると、カードに当たる条文が非常に生き生きと甦ってくる。この文脈を考えることは、判例を分析するわけでも、解説するわけでもない。判旨に至る文脈を、事実や判旨を分析して論理的に推理して解き明かすということを「判例解析」と呼んでもあながち誤りではなかろう。

 「判例解析」をするにあたって、要件事実論的な考えに大きな影響を受けたことは確かである。「判例解析」をすることによって、要件事実論的な発想が強くなるかもしれない。しかし「判例解析」では、主張立証の側面よりも、法律条文をどのように適用しているか、ということが重要であるので、否認と抗弁の差異などは厳密に扱わないし、扱わなくても十分に楽しめる。

 「判例解析」が十分に行われた場合に、なんとも言えないカタルシスを感じることができる。厳密な学問、研究というよりも、一種の「知的娯楽」として楽しんでもらいたい。例えていうならば、プロ野球や大相撲の実況を見るようなものである。たしかに判例の結果は重要であるが、これは対戦結果に当たり、翌朝に読む新聞のスポーツ記事に該当するといえよう。それなりに、面白いかもしれないが、しかし実況に手に汗を握るような面白さを「判例解析」で味わってもらいたい。

 なお扱う判例は、最高裁判所の著名判例を中心としたい。教科書にも体系書にも掲載されていない判例を扱っても、あまり面白くないし、事実関係も不明瞭な場合があり、「判例解析」自体が十分に行えない場合があるからである。

 それでは良いお旅を(Bon voyage)!

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