最判平成05.01.21(昭和63年(オ)第1733号)

総則

はじめに

無権代理人が本人の追認拒絶権を相続しても、それを行使すると信義則違反になるのは確定した判例である最判昭和40.06.18(昭和39年(オ)第1267号)。しかし他に相続人がいる共同相続の場合、追認拒絶権(+追認権)は相続分に分属するのだろうか?もしも分属せず、不可分だというのならば、どのような論理構成をとるのだろうか?

出典

民集第47巻1号265頁、LEX/DB:27814444

百選I(第8版)74頁

当事者関係

X:債権譲受人、現債権者(原告、控訴人、被上告人)

Y:無権代理人、CDの子(被告、被控訴人、上告人)

A:旧債権者、債権譲渡人、金融業者

B:主たる債務者

C:;Yの父親、被相続人、「連帯保証人」

D:Cの妻、Yの母親

時系列表

S.57.02.02 AからBへ、850万円消費貸借をするに際してYの父Cが連帯保証人となることを求める
B、YにAへの借用証書に連帯保証人としてCの名による署名捺印を依頼
S.57.04.20
S.57.05.11 A→X、AのBに対する債権を譲渡
S.62.04.20 C死亡。D・Y共同相続

訴訟物・請求の趣旨

事件名は「貸金返還請求事件」である。XはY(C代理人)と保証契約を締結しているから、「保証債務履行請求事件」でもよかった。しかし§466 Iで‘Y(Cの相続人)が「主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う」ことになるので、「主たる債務者」への請求と同じ請求をY(Cの相続人)に対してするとすれば、「貸金返還請求事件」としてもよい。その場合は「XのBに対する金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権」が訴訟物となる。保証履行請求権を訴訟物とすれば、「XのCに対する保証契約に基づく保証債務履行請求権」となる。

訴訟物:XのBに対する金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求

または、XのCに対する保証契約に基づく保証債務履行請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、850万円を支払え」

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄自判」であるので、「Xらの請求棄却」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

二 原審は、右事実関係の下において、無権代理人[Y]が単独で本人[C]を相続した場合に限らず、無権代理人[Y]と他の者とが共同で本人[C]を相続した場合であっても、その無権代理人[Y]が承継すべき被相続人(本人)[C]の法的地位の限度では、本人[C]自らしたのと同様の効果が生じるとした上、本件においては、Dと無権代理人たるYとが、金銭債務について、本件連帯保証契約の当事者たる本人[C]の地位を各2分の1の割合により相続承継し、この地位は既に確定的なものとなっているのであるから、無権代理人たるYが相続により本人たるCの地位を承継した分について、本人[C]自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果が生じ、Yがその連帯保証責任を負うべきであり、Yは、Xに対し、Cの連帯保証のうちYが相続承継した2分の1に相当する部分、すなわち、Xの請求額の2分の1の425万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和57年4月21日から完済まで約定の年3割の割合による遅延損害金の支払をすべきことを命じた。

三 しかし、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。

すなわち、無権代理人[Y]が本人[C]を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人[C]に対して効力を生じていなかった法律行為を本人[C]に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人[Y]が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人[Y]の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。

これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、Yは、Cの無権代理人[Y]として本件連帯保証契約を締結し、Cの死亡に伴い、Dと共にCの権利義務を各2分の1の割合で共同相続したものであるが、右無権代理行為の追認があった事実についてXの主張立証のない本件においては、Yの2分の1の相続分に相当する部分においても本件連帯保証契約が有効になったものということはできない。

四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、XのYに対する請求を前記のとおり一部認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中のY敗訴部分は破棄を免れない。そして、右説示に徴すれば、Xの請求は棄却すべきものであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、Xの右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物を「XのCに対する保証契約に基づく保証履行請求権」で進めていこう。そうすると普通はYがAと締結した保証契約が、Cの有権代理によって締結されたことを言うだろう。そしてそれによって成立したCに対する保証債務履行請求権がAからXに譲渡される。その後Cが死亡したので、YがCの保証債務履行請求権を相続したものとすることで、XからYへの請求は基礎づけられる。

【Y1番枠】

それに対してYは、自らの行為を無権代理行為とし、Cの追認拒絶権を相続したということになる。

【X2番枠】

ここで最判昭和40.06.18(昭和39年(オ)第1267号)を思い出すとよい。無権代理人Yが本人Cを相続した場面である。そこで使われたのが信義則であった。信義則ではYの相手方であるXの信頼を保護する義務をYが負っておりそれを裏切ってはならないとするものである。相続承継した2分の1に相当する部分をYは追認拒絶することが信義則違反になるということになる。ここは原審の判断を尊重した。Xとしては残り半分を無権代理人責任で回収するつもりか?

【Y2番枠】

判決理由中「共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属する」と出てくる。一体なぜ追認が「不可分」なのか?そこでそこに出てくる「共同相続」がヒントになろうか。すると§898 Iで「相続人が数人あるときは、相続債残は、その共有に属する」と規定されていることに気が付いてほしい。すると「共有」の規定を見て、「不可分」にあたるところはないか、探してみると§251 Iに出会うだろう。「不可分」に当たる表現が「他の共有者の同意を得なければ、…できない」である。判決理由中「本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにする」ということが共有である相続財産の処分に該当するということになろう。追認拒絶ができないということは、結果的に追認ということになる。そうすると結果的追認になれば相続財産の減少を出来(しゅったい)する。これは正に、相続財産という共有財産の変更に該当する。したがって他の共同相続人Dの同意を得ないと、結果的にであれ追認はできないことになる。

【X3番枠】

判断としては【Y2番枠】で尽きているが、ただし、判決理由中「他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されない」とある。これを[A]として活かしたい。信義則の練習として、この場面でのXの信頼とは一体何で、違反内容は具体的に何かを是非明らかにしてほしい。

[B]Yは追認拒絶できるとしても、§117 Iにより無権代理人としての責任を負わなくてはならない。

【Y3番枠】

そうすると§117 IIが出てくる。ここでは2号本文である。この判例が出た当時は、現在の2号但し書きがなかった。時系列表に反映させたが、原審で金融業者Aの過失が認定されている。

【X4番枠】

現行法では§117 II②但がある。Yが自ら代理権がないことを知っていることは明らかなように思われる。そうすると、現行法下でYは無権代理人責任を負うことになる可能性が高い。

【Y4番枠】

もしもそれを覆すとすると、Aの重過失が悪意に近いということで行くしかないか?

解析結果

Xの主張 Yの主張
 AC間の連帯保証契約(保証人C)【§ 446】

① 主たる債務の発生(AB間の金銭消費貸借契約)

② 保証契約を締結した(Cの代理人Yによる)

③ ②が書面でなされた

⇒AのCに対する保証債務履行請求権

A→X、債権譲渡【§466I】

① AのBに対する債権

+AのCに対する保証債務履行請求権

② AはXに①債権を譲渡

⇒XのCに対する保証債務履行請求権

相続【§896】

① Cの死亡【§882】

② Y=Cの相続人

③ XのCに対する保証債務履行請求権

⇒Y、③を相続

無権代理行為【§113】

① Y,Cを保証人とするYとの連帯保証契約を締結

② Cのためにすることを示す

③ CはYに代理権を授与していない

相続【§896】

① Cの死亡【§882】

② Y=Cの相続人

③ Cの追認拒絶権

⇒ Y、③を相続

∴相続した本人Aの追認拒絶権行使【§113】

信義則違反【§1III】

① Yの信義則上の義務=Xの信頼保護義務

(Yは自らAとの保証契約を締結したからその契約の義務を履行するだろう)

② ①違反

(相続した本人Cの追認拒絶権を行使して自らの義務を免れようとする)

⇒②は法的に認められない

相続分【§900】

① 「Cの追認拒絶不可の地位」を相続

② 相続人=子(Y)と配偶者(D)

⇒①をY、1/2相続

∴相続承継した2分の1に相当する部分について履行する責任を負う

共有物変更禁止【§251】

① 共有財産=相続財産【§898】

② 共有物の変更(結果的追認による相続財産の減少)

③ 他の共有者(共同相続人D)の同意を得ず

⇒②不可(Yの相続分の結果的追認不可)

無権代理人が本人相続して、追認拒絶権を行使できないのは、無権代理人が本人を単独相続した場合に限られる

([A]信義則違反)

① Yの信義則上の義務=Xの信頼保護義務

(他の相続人がYのした無権代理行為を追認したのだから自らしたYも追認してくれるだろう)

② ①違反

(Cの追認権の不可分を主張して義務を免れようとする)

⇒②は法的に認められない

([B]無権代理人の責任【§ 117 I】)

① XY間の法律行為(保証契約)

② Y、Cを顕名

③ ①の代理権の立証不可

⇒履行の請求

([B]Aの過失【§ 117 II②本】)

・A、Cの印鑑証明書の交付を受け、ただ契約書類との印影にのみ検討

・A、印鑑証明書記載のCの生年月日に無関心で、YをC本人と認識

・A=金融業者

([B]【§117 II ② 但】)

Yが自己に代理権がないことを知っていた

([B]Aの重過失≒悪意【§117 II ①】)

終わりに

無権代理人が本人の追認拒絶権を相続しても、共同相続の場合には、信義則に反しないことになる。それは「相続財産=共有」ということを十分に意識しないと出てこない結論である。判例は得てして、このようにある意味「不親切な」論理展開をすることがある。【Y2番枠】を十分に検討してほしい。

いつものことだが、本人の地位だけですべてが解決されるわけではない。本人が追認拒絶した場合には、ほぼ常に無権代理人の責任が問題となることを意識しよう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました