はじめに
時効規定は、平成30年改正法により大幅に改正された。しかし時効の更新を権利者が図る場合、訴えを中心とした裁判上の請求等で、権利者が自らの権利を主張することが、判例において、時効の更新を認める根拠とされてきている。
自らが提起しない訴訟に対して、受動的に争う応訴において、積極的に自らの権利主張をするのではなく、原告相手方の権利不存在に対して、それを争うだけであって、それは権利主張といえるのだろうか、ということを初学者は学ぶべきである。大審院時代の古い読みにくい判例であるが、判例だけでなく教科書等でもよく引用される判例であるので、是非挑戦してみてほしい。
出典
民集第18巻4号238頁、LEX/DB:27500289
当事者関係
X1:Yの債務者(原告、被控訴人、被上告人)
X2:X1の保証人・物上保証人(原告、被控訴人、被上告人)
Y:銀行、抵当権者(被告、控訴人、上告人)
時系列表
T.11.08.29
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X1、Yとの間で貸越限度額を1万5千円とする当座貸越契約を締結 X2、Yとの間でX1・Y契約から生じる債務の連帯保証契約、X2所有不動産への根抵当権設定契約を締結 |
YのX2所有不動産への根抵当権設定登記了 | |
S.03.02.02 | X1・Y貸越契約に基づく債務が極度額に達し、その弁済期が到来△(Xら主張の起算点) |
S.03. | X2、Yに対して抵当権(被担保債権=保証債務)不存在と登記抹消手続請求の訴え(別訴)を提起 Y、応訴 |
S.08.02.02 | X1・Y貸越契約に基づく債務の消滅時効完成▲(Xら主張) |
S.10.02.23 | X2の訴え(別訴)、上告棄却判決により確定(請求棄却) |
訴訟物・請求の趣旨
事件名が「抵当権設定登記抹消登記手続請求事件」となっている。本件ではYがX2所有不動産についてなされた(根)抵当権設定登記が問題となっている。
訴訟物:X2のYに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記手続請求権
請求の趣旨:「YはX2に対し、Y所有不動産の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ」
判旨
Yの上告に対して判旨は中間判決として、
「債権不存在確認の訴訟に於て被告[Y]が債権の存在を主張し、被告[Y]勝訴の判決が確定したるときは右被告[Y]の行為は当該債権に付(つき)、消滅時効中断[⇒現 時効の更新]の効力を生するものととす」となっている。
したがって、Yの主張が認められているので、実質的に「Xらの請求棄却」ということになる。
判例分析
判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。
而(しこう)して(①)右抗弁[=X2の敗訴が確定するに至ってYの債権の存在は確定的となり、Xら主張の消滅時効は中断[⇒現 時効の更新]せられたる旨の抗弁]は前示別訴訟に於けるYの行為が、X2の連帯保証債務に付(つき)、消滅時効中断[⇒現 時効の更新]の効力を生ずるや否や、及(および)(②)若(も)し中断[⇒現 時効の更新]を生ずるものとせば、該連帯保証債務に付(つき)、生じたる中断[⇒現 時効の更新]は前示X1の主債務に付(つき)消滅時効中断[⇒現 時効の更新]の効力を生ずるや否やの2個の法律問題を包含するものなるところ、原審は単に第1の問題(①)に付(つき)てのみ判断を為し、之(これ)を消極的に解すべきものと做(な)したるものなるが故に、当院に於ても判断の順序上、第2の問題(②)に対する解釈如何(いかん)は暫(しばら)く之(これ)を措(お)き、先(ま)づ第1ノ問題(①)ニ付(つき)判断を為すを相当と認め、特に弁論を此の点に制限して審案するに、凡(およ)そ消滅時効の中断[⇒現 時効の更新]原因たるべき裁判上の請求は、給付訴訟のみに限定せらるることなく確認訴訟をも包含するものなることは、当院の夙(つと)に採用する見解なるが故に、右見解にして是認すべきものなる以上、相手方が自己の権利の存在を争ひ消極的債務不存在の確認訴訟を提起したる場合に於て、之(これ)に対し被告として自己の権利の存在を主張し原告の請求棄却の判決を求むることは、之(これ)を裁判上の権利行使の一態様と做(な)すに何等の妨なく、敢て自己より相手方に対し積極的に権利存在確認の訴訟を提起したる場合に非ざれば之(これ)を裁判上の権利行使に該当せざるものと做して両者の間に区別を設け一は、以て中断[⇒現 時効の更新]事由と做すべきも他は、以て中断[⇒現 時効の更新] 事由と做すを得ざるものと論断すべき何等の根拠あることなし。
蓋(けだ)し、消滅時効の中断[⇒現 時効の更新]は、法律が権利の上に眠れる者の保護を拒否して社会の永続せる状態を安定ならしむることを一事由とする時効制度に対し、其(そ)の権利の上に眠れる者に非ざる所以(ゆえん)を表明して該時効の効力を遮断せんとするものなれば、上記の如き場合に於ては、之(これ)を民法が時効中断[⇒現 時効の更新] の事由として規定したる裁判上の請求に準ずべきものと解するも毫(すこし)も前示時効制度の本旨に背反するところなきのみならず、一方に於て権利関係の存否が訴訟上争はれつつある間に他の一方に於て該権利が時効に因り消滅することあるを是認せんとするが如き結果を招来すべき解釈を採用することは、条理にも合致せざるものと謂ふべければなり。
加之(これにくわえるに)若し前示消極的確認の請求を棄却する判決にして確定せんか、其(そ)の結果は、積極的確認請求の訴訟に於て原告勝訴の判決が確定したると同一に帰すべきを以て、此の点に於ても亦両者の間に時効中断[⇒現 時効の更新]事由として観察するに当り別異の取扱を為すべき理由に乏しきものと謂はざるを得ず。
如上の理由に依り債権不存在確認の訴訟を提起せられたる被告が該訴訟に於て債権の存在を主張して原告の請求を争ひ、被告勝訴の判決が確定したる如き場合に於ては、少くとも民事訴訟法第235条[⇒現 147条]の趣旨に照し、被告が請求棄却の判決を求むる答弁書又は、準備書面を裁判所に提出したる時を以て又若し斯る書面を提出せざる場合には、口頭弁論に於て同様の主張を為したる時を以て該債権の消滅時効は、中断[⇒現 時効の更新]するものと解するを妥当と断せざるを得ず。
判例解析
【X1番枠】
訴訟物が「X2のYに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記手続請求権」であるから、① X2が本件不動産の所有者であること、そして② Y名義の登記があることを主張すればよい。
【Y1番枠】
それに対して、Yの登記を保持することの正当な権原があること、いわゆる「登記保持権原の抗弁」を主張することになる。
本件で根抵当権が問題になっているが、「貸越契約に基く債務は右の極度額に達し、其の弁済期は昭和3年2月2日に到来した」とあるので、現行法の398条の19第3項によって本の確定すべき期日が定められたと考えられる。したがって同日に元本が確定して普通抵当権となっているので、その登記保持権原の抗弁として必要とされる事由を述べればよい。
【X2番枠】
そうすると、被担保債権の消滅時効を援用してくることになる。判例原文では「商法522条」を適用しているが、現行法では削除されている。現行法では162条1項1号を適用することにした。
【Y2番枠】
これに対して、現行法では、§147 IIを用いることになろう。「コロンブスの卵」的な当たり前の話だが、時効の完成猶予または更新を主張するためには、権利者の権利が時効消滅する以前に原告Xが訴え提起をすることが必要である。訴訟係属中の応訴をどのように解釈し、訴訟係属中の応訴をどのように解釈するか、ということが問題になる。次いで判決理由中最後の段落で、旧民事訴訟法235条[⇒現 民訴法147条]で規定する「訴を提起したる時又は第232条第2項若は前条2項の規定に依り書面を提出したる時[⇒現 「訴えが提起されたとき、又は第143条第2項(第144条第3項及び第145条第4項において準用する場合を含む。)の書面が裁判所に提出されたとき」]」を「被告が請求棄却の判決を求むる答弁書又は、準備書面を裁判所に提出したる時」、または「口頭弁論に於て同様の主張を為したる時」も含まれるとして、拡張的に時効が「中断するもの解する」ものである。【Y3番枠】で触れるが、ここの「中断」は「時効の完成猶予」とみるべきである。ここを利用しつつ§147 IIでの「前項の場合において」は「① 訴訟係属中のYの応訴(請求却下を求める答弁書・準備書面の提出または口頭弁論での主張)」と解して、「② 確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって ③権利が確定したとき」と要件をとってみたが、どうだろうか。もちろん時効完成前に①をしなければ、時効完成猶予効は発生しない。
【X3番枠】
判決理由中に「自己より相手方に対し積極的に権利存在確認の訴訟を提起したる場合に非ざれば之(これ)を裁判上の権利行使に該当せざるものと」みなすとある。§147 IIの「前項の場合」は、訴訟等の事由がある場合を指称する。この訴訟等の主導性・イニシアティブが原告によって担われなければならないとするのが、Xの主張である。時効の更新をしようとする者は、自ら権利主張である、訴えを自らしなければならないという考えである。したがって、攻撃防御方法として、受動的に応訴をすることは自ら積極的な権利主張ではないということになる。
実は大判昭和06.12.19は「債務者から提起された債権不存在確認の訴において、被告として債権の存在を主張するだけでは、時効中断の効力を生じない」と判示していた。
【Y3番枠】
これに対する論拠が判決理由中に2つある。
判決理由の順序は逆になるが、一つは「相手方が自己の権利の存在を争ひ消極的債務不存在の確認訴訟を提起したる場合に於て、之(これ)に対し被告として自己の権利の存在を主張し原告の請求棄却の判決を求むることは、之(これ)を裁判上の権利行使の一態様と做(な)すに何等の妨な」い、ということである。Xが債務存在確認請求をして自らの権利を主張することとYの債務不存在確認請求に対して、Xが自らの権利を主張して請求棄却の判決を求めることとは、Xが自己の権利主張という点で同じであるということである。
もう一つは「一方に於て権利関係の存否が訴訟上争はれつつある間に他の一方に於て該権利が時効に因り消滅することあるを是認せんとするが如き結果を招来すべき解釈を採用することは、条理にも合致せざるもの」であることである。条理よりも、法的論理を重視するならば、第1点で言い尽くされていると思われる。
その結果「債権不存在確認の訴訟を提起せられたる被告が該訴訟に於て債権の存在を主張して原告の請求を争ひ、被告勝訴の判決が確定したる如き場合に於ては、…該債権の消滅時効は、中断[⇒現 時効の更新]するものと解するを妥当と断せざるを得ず」とする。しかし、現行法ではこの表現に注意を要する。「口頭弁論に於て同様の主張を為したる時を以て該債権の消滅時効は、中断する」の部分である。この「中断」を現行法の「時効の更新」ととらえるべきではなく、「時効の完成猶予」と解すべきである。訴訟係属中は時効の完成が原告のために猶予されている(§147 I)。しかし原告の訴え提起に準じて、被告が原告の請求棄却を求める答弁書・準備書面または口頭弁論中の同旨の主張は、被告のためにも時効の完成が猶予され(§147 I)、さらにYのの権利が認められた場合、その確定判決時から時効が更新される(§147 II)。
結局【Y3番枠】が認められたことにより、従来の前掲大判昭和06.12.19は改められることになった。そのため連合部判決となっている。裁判所法10条3号も併せて勉強されたい。
解析結果
Xらの主張 | Yの主張 |
抵当権設定登記抹消登記手続請求(妨害排除請求) ① X=本件土地所有者 ② 妨害の事実(Y名義の抵当権設定登記の存在) |
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登記保持権原の抗弁 ① 被担保債権の存在(X1Y間の当座貸越債権) ② (抵)当権設定契約(X2:設定者、Y:抵当権者)③ X2の本件土地処分権原(X2の本件土地所有権) ④ ②に基づく抵当権設定登記 |
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被担保債権の時効消滅【§166I】(旧【商522】) ① 起算点:権利行使可能時(弁済期S.03.02.02) ② Yが①時点で権利行使可能を知っている ③ 時効完成:①から5年以上経過 |
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時効の更新(旧「時効中断」)【§ 147 II】 ⓪ 消滅時効完成前 ① 訴訟係属中のY応訴 (⇒時効完成猶予【民訴法147】) ② 確定判決等 ③ ②により債権者Yの権利確定 ⇒②時から時効の更新 |
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被告として自己の権利の存在を主張し原告の請求棄却の判決を求めること(§147 I) ≠自己より相手方に対し積極的に権利存在確認の訴訟を提起したる場合(裁判上の権利行使) ∴ 時効の更新に該当しない |
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・両者ともにXの権利主張があり時効中断[⇒現 時効の更新]事由として相違なし Yの債務不存在確認請求棄却を求める =Xの債務存在確認請求認容判決を求める・「一方の訴訟[別訴] 権利関係の存否が訴訟上争われつつある 他方の訴訟[本訴] 当該権利が時効に因り消滅する」 とするような結果は、条理に合致しない∴債権不存在確認訴訟の被告が当該訴訟で債権の存在を主張して、被告勝訴の判決が確定した場合、口頭弁論で債権存在の主張をしたことで、等該債権の消滅時効は、確定判決時からの更新する |
終わりに
時効規定は、平成30年改正法により大幅に改正された。錯誤規定の仕方(§95 Iの①号は「意思の不存在」、②号は「意思の瑕疵」であるのに混同している点)に不満を持つ民骨さんだが、時効規定は、条文の表現方法に改善の余地があると思われるが、より正確になったと感じる。そのうえで旧法での判例が、現行法でも意味を持つとすれば、どのように、現行法を適用していけるか、という点である。この点こそ、民法解析学の目指すところである。「結論は分かっているのだが、そこへの到達方法がわからない」(Gauss)。実はそこがおいしいところでもある。
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