最判平成06.09.13(平成13年(オ)第1694号)

総則

はじめに

無権代理人の地位を相続等によって本人が承継する場合、信義則上追認拒絶ができないというのが判例である。それは無権代理行為に関与することによって、相手方に無権代理人がその行為を履行するだろう、という信頼を惹起し、その信頼を追認拒絶によって裏切ることになるからである。無権代理行為に、無権代理人以外の資格で関与した者が、後に本人の地位に相当する法定代理人に就職した場合、同様に信義則違反を理由に追認拒絶ができないのだろうか?もしも追認拒絶ができるならば、任意代理と法定代理においての処理の仕方が異なるのだろうか?この判例は追認拒絶ができるように読み取れる判例である。どのように最高裁判所は判断したのか?

出典

民集第48巻6号1263、LEX/DB:27825601

百選I(第8版)006事件

当事者関係

X:旧建物賃借人、新建物賃貸借予約者(本件建物)所有者(原告、控訴人、被上告人)

Y:旧建物所有者、精神発達障害者(被告、被控訴人、上告人)

A:Yの姉、事実上の[成年]後見人(=無権代理人)

B:Yの姉、Yの後見人

C:Y、A、Bの亡父。被相続人。

D:ビル建設会社。Y側と等価交換契約締結

等価交換方式=Yが土地を提供し、ビル完成後土地価格相当分のビル内の区分を所有する方式

E:Yが譲渡した本件建物(区部所有)の譲受人:譲渡担保権者

F:違約金約定を含むYX賃貸借予約案の作成者。弁護士

時系列表

S.40.03.02

 

C死亡、遺産分割協議:Yが旧建物所有権と借地権を取得

Aが建物を管理

S.43.05 Y(A代理:記名押印)・X建物賃貸借契約(旧建物)、Aがその後も更新等にも当たる
S.55 D会社において等価交換方式によるビル建築計画、X退去の必要
S.55.09.19 Y(A代理:記名押印)・X合意書:「X退去、ビル完成後Y区分所有建物をXに賃貸する」
S.55.11.14 Y(A代理:記名押印)・X合意書
S.56.02.17 Y(A代理:記名押印)・X賃貸借予約、Bも同席、ABの依頼したF弁護士予約案作成

⑴ Xの新建物賃借予約、⑵ 本件建物引渡前の本契約締結 ⑶ 違約金条項4000万円

S.56.05.07 YD会社、等価交換契約締結→X退去
S.56.05.10

S.56.05.26

X、Yに対して本件建物を賃貸するよう求める旨の書面を送付するが、Y側未回答
S.57.04 A、Xに賃貸借の本契約締結拒絶意思表明。
S.57.06.17 Y(A代理)→E、借入金担保として本件建物譲渡(譲渡対価2000万円)
S.57.07.09 X、本件建物につきD会社に対するYの引渡請求権の処分禁止の仮処分決定を取得
S.57.08.03 X、違約金損害賠償金を被保全債権とする本件建物の仮差押
S.57.08 本件建物完成
S.57.08.27 X訴え提起
S.61.02.19 第一審X認容判決、Y控訴
S.61.02.21 Y、Aを後見人とする禁治産宣告の申立て
S.61.08.20 Y禁治産宣告、Bを後見人に選任
控訴審、意思無能力者Yの訴状送達受領・訴訟代理権授与は無効とし【民訴法28】、第1審に差戻し。

最後の「控訴審」は第1回目の控訴審である。調査官解説(法曹時報48巻6号165頁)により補充した。民集に掲載されているのは、この差戻第1審からの2回目の控訴審が掲載されている。

訴訟物・請求の趣旨

事件名は「損害賠償請求事件」である。損害賠償請求権は債務不履行に基づくか不法行為に基づくが、本件では債務不履行に基づく。そして「違約金約定」があるので、「賠償額の予定」と推定される(§420 III)。そこで、Xの請求額は、この違約金約定に基づいているので、「約定の損害賠償請求権」が訴訟物となる(大江・要件事実民法(4)第4版補訂版、116頁)。

訴訟物:XのYに対する約定の損害賠償請求権

請求の趣旨:「YはXに対し金4000万円を支払え」

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄差戻」であるので、「Xの請求棄却?」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

二 原審は、右一の事実関係の下において、次のとおり判断し、Xの請求を認容した。(1)YがAに対し、本件予約に先立って、自己の財産の管理処分について包括的な代理権を授与する旨の意思表示をしたとは認められないから、AがYの代理人として本件予約をしたことは無権代理行為である。(2)しかし、AがYの事実上の後見人として旧建物についてのXとの間の契約関係を処理してきており、本件予約もAが同様の方法でしたものであるところ、本件予約は、その合意内容を履行しさえすればYの利益を害するものではなく、Y側には本契約の締結を拒む合理的理由がなく、また、後見人に選任されたBは、本件予約の成立に関与し、その内容を了知していたのであるから、本件予約の相手方であるXの保護も十分考慮されなければならず、結局、後見人のBにおいて本件予約の追認を拒絶してその効力を争うことは、信義則に反し許されない。

三 原審の認定判断のうち、二の(1)は正当というべきであるが、同(2)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 禁治産者[現:成年被後見人、Y]の後見人[B]は、原則として、禁治産者[現:成年被後見人、Y]の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき禁治産者[現:成年被後見人、Y]を代理する権限を有するものとされており(民法859条、860条、826条)、後見人[B]就職前に禁治産者[現:成年被後見人、Y]の無権代理人[A]によってされた法律行為を追認し、又は追認を拒絶する権限も、その代理権の範囲に含まれる。後見人[B]において無権代理行為の追認を拒絶した場合には、右無権代理行為は禁治産者[現:成年被後見人、Y]との間においては無効であることに確定するのであるが、その場合における無権代理行為の相手方[X]の利益を保護するため、相手方[X]は、無権代理人[A]に対し履行又は損害賠償を求めることができ(民法117条)、また、追認の拒絶により禁治産者[現:成年被後見人、Y]が利益を受け相手方[X]が損失を被るときは禁治産者[現:成年被後見人、Y]に対し不当利得の返還を求めることができる(同法703条)ものとされている。そして、後見人[B]は、禁治産者[現:成年被後見人、Y]との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行使する義務を負うのである(民法969条、644条)から、後見人[B]は、禁治産者[現:成年被後見人、Y]を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者[現:成年被後見人、Y]の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者[現:成年被後見人、Y]の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。ただし、相手方[X]のある法律行為をするに際しては、後見人において取引の安全等相手方[X]の利益にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないこととなる。

したがって、禁治産者[現:成年被後見人、Y]の後見人が、その就職前に禁治産者[現:成年被後見人、Y]の無権代理人[A]によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、(1)右契約の締結に至るまでの無権代理人[A]と相手方[X]との交渉経緯及び無権代理人[A]が右契約の締結前に相手方[X]との間でした法律行為の内容と性質、(2)右契約を追認することによって禁治産者[現:成年被後見人、Y]が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方[X]が被る経済的不利益、(3)右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等をめぐってされた交渉経緯、(4)無権代理人[A]と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度、(5)本人の意思能力について相手方[X]が認識し又は認識し得た事実、など諸般の事情を勘案し、右のような例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなければならないものというべきである。

2 そうすると、長年にわたってYの事実上の後見人として行動していたのはAであり、そのAが本件予約をしながら、その後Eに対して本件建物を借入金の担保として譲渡したなどの事実の存する本件において、前判示のような諸般の事情、特に、本件予約における4000万円の損害賠償額の予定が、Eに対する譲渡の対価(記録によれば、実質的対価は2000万円であったことがうかがわれる。)等と比較して、Xにおいて旧建物の賃借権を放棄する不利益と合理的な均衡が取れたものであるか否かなどについて十分に検討することなく、後見人であるBにおいて本件予約の追認を拒絶してその効力を争うのは信義則に反し許されないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、右違法は判決に影響することが明らかである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する約定に基づく損害賠償請求権」である。講学上、XはYの債務不履行の事実が発生すれば、その事実を主張立証すればよいとされる。そのような約定をもう少し厳密に条文的に確定していこうとすると、Yの債務不履行を停止条件(§127 I)とする損害賠償請求権ということになろうか。

このXY間の違約金約定は時系列表からS.56.02.17にAがYを代理して締結している。Xは当然、Aがその代理権を有しているということを主張することになる。

そのうえでYの債務不履行という停止条件が成就することで賠償額4000万円とする約定の損害賠償請求権の効力が発生することになる。

【Y1番枠】

Yが禁治産宣告[現:後見開始の審判]を受ける前であるので、AはYの任意代理人ということになる。しかし時系列最終の1回目の控訴審で判示されているように、Aが約定締結時には意思無能力であったことが強く推認され、そうであるならばYがAと代理権授与行為(=委任類似の無名契約)を締結することができない(§3の2)。したがってAは無権代理人となる。それ故、Y側は、後見人[現:成年後見人]BがAの無権代理行為の追認を拒絶することになる。

【X2番枠】

そうすると法定代理人である後見人[現:成年後見人Bが、S.56.02.17の違約金約定を含む賃貸借予約をXと締結する場にいただけでなく、この賃貸借予約案を作成することにも積極的に関与している。

そこでXが主張すべきであるのは、信義則違反である(§1 II)。条文では「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」とあり、権利行使・義務履行における「信義に従い誠実に行う」義務を当事者に課している。この「信義に従い誠実に行う」義務が「信義則」であるが、相手方の信頼を裏切らずに誠実に権利行使、義務履行する義務といえる。

そこでYにとっての相手方Xの信頼を具体的にして「信義則上の義務」を明らかにした上で、それを追認拒絶によって裏切ったことを主張しなければならない。Xの信頼は、賃貸借予約締結の場に無権代理人Aとともに将来の法定代理人(=(成年)後見人)Bがいた、つまり判決理由中では原審判断をまとめた「本件予約の成立に関与し、その内容を了知して」いたのだから、Bがこの賃貸借予約を誠実に履行するだろうということである。この信頼内容を裏切ってはならない、というのが「信義則上の義務」である。それをBが法定代理人(=(成年)後見人)の地位を利用して追認拒絶による履行拒絶をしたことが、信義則上の義務違反、つまり信義則違反ということになる。つまり追認拒絶が、Bが過去にした言動によって相手方Xに与えた信頼に反した行動をしてはならないという「禁反言」に該当する。したがってBの追認拒絶はできず、違約金約定の履行をせよ、ということになる。

【Y2番枠】

通常の無権代理である場合、無権代理人行為に関与した者(たいていは無権代理人)は後に本人の地位を承継して追認拒絶することは、信義則違反であり認められない。原審はこの考え方に忠実に判断している。しかし最高裁は、原審の信義則違反の判断を「是認することができない」とする。先ず総論として法定代理人(=(成年)後見人)Bが「禁治産者[現:成年被後見人、Y]との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行使する義務を負うのである(民法869条、644条)から、後見人[B]は、禁治産者[現:成年被後見人、Y]を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者[現:成年被後見人、Y]の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者[現:成年被後見人、Y]の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される」とある。諸般の状況を考慮した上で禁治産者[現:成年被後見人、Y]の利益に合致するよう適切な裁量を行使する義務があり、それが追認拒絶ということを主張することになろう。

【X3番枠】

判決理由には【Y2番枠】の引用箇所に続く「但し書」がある。(成年)後見人Bが取引の安全等相手方[X]の利益にも相応の配慮を払い、代理による追認拒絶がXの信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないということである。そしてこの例外的な場合について、いくつかの基準を挙げている。すると【X2番枠】で主張された、将来の法定代理人(=(成年)後見人)Bが本件予約締結に関与した、というは、5つの判断基準の1つ(判断基準⑷)に過ぎず、それ一事で決するのではないことが示されることになる。

また次段落で、Aが事実上の後見人としての活動をしていたことが指摘されていることは判断基準⑴もXにとって有利であるといえよう。

【Y3番枠】

破棄差戻しとなった理由は、「本件予約における4000万円の損害賠償額の予定が、Eに対する譲渡の対価(記録によれば、実質的対価は2000万円であったことがうかがわれる。)等と比較して、Xにおいて旧建物の賃借権を放棄する不利益と合理的な均衡が取れたものであるか否か」という判断基準⑵について、「特に」と強調して、十分に検討させることである。つまり判断基準⑵が本件では重要な判断基準であるということである。

賃貸目的物が2000万円に過ぎないのに、賃借できなかったXの損害がその2倍の4000万円であるというのは、どう見てもおかしい。おそらくこの理由で、差戻審でXの請求が棄却されたことになるだろう。

【X4番枠】

ちなみにXに損害が生じた場合、Aへの履行請求(§117)、やYへの不当利得返還請求の可能性を判決理由で示している。

【Y4番枠】

Aへの履行または履行利益の請求は、【Y3番枠】の理由から、おそらく権利濫用として斥けられるだろう。またYの法律上の原因のない利得が本件で存在するか、という点について民骨さんは消極的に(ないと)考えるがどうだろうか。

解析結果

Xの主張

Yの主張

賃貸借予約付随する違約金約定

① Y・X間の違約金約定

1) Aが締結したXとの違約金約定

(Xが本契約を締結できないことを停止条件とする 違約金支払約定【§127 I】)

2) AはYのためにすることを示す

3) Aは当時実質的に後見人的な立場にあった

② 停止条件成就

(Yの都合で賃貸借の本契約をXが締結不可)

⇒賠償額4000万円の損害賠償請求権することの予定

【§113】

Aの行為=無権代理行為

① Aが締結したXとの賃貸借予約・違約金約定

② AがYのためにすることを示した

③ YはAに代理権授与できない(Y=意思無能力)

∴追認拒絶←Y[後見人B]の拒絶

信義則違反【§1II】

① 信義則上の義務:Xの信頼を裏切ってならない義務

(後見人Bは、本件予約の成立に関与し、その内容を了知しているから予約を履行するだろうというXの信頼を裏切ってはならない義務)

② 違反(後見人Bの地位を主張して追認拒絶)

⇒②は法的に認められない

【§§869,644】

Bの善管注意義務

=諸般の状況を考慮し禁治産者[現:成年被後見人、Y]の利益に合致す適切な裁量を行使する義務

∴追認拒絶⊂Bの善管注意義務

代理権行使による追認拒絶が当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反して認められない例外的場合

判断基準

⑴ 本件予約締結までの無権代理人[A]と相手方[X]との交渉経緯と無権代理人[A]が右契約の締結前に相手方[X]との間でした法律行為の内容と性質

⑵ 本件予約の追認よって禁治産者[現:成年被後見人、Y]が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方[X]が被る経済的不利益、

⑶ 本件予約締結から後見人[B]が就職するまでの間に本件予約の履行等をめぐってされた交渉経緯

⑷ 無権代理人[A]と後見人[B]との人的関係・後見人[B]がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度

⑸ 本人[Y]の意思能力について相手方[X]が認識し又は認識し得た事実

∴ Xにとって有利な判断基準

⑴ Aが長年にわたりYの事実上の後見人として行動

⑷ AB姉妹関係、後見人就職前に予約に関与

特に本件で重要な判断基準⑷

禁治産者Yが被る経済的不利益(4000万円の損害賠償額の予定)

≠追認を拒絶することによって相手方が被る不利益

=旧建物賃借権を放棄する不利益

∵ 本件建物実質的対価=2000万円

2000万円の賃貸目的物に対して4000万円の違約金の不合理性

(Xの利益保護←【§§117、703】)
(権利濫用?【§1 III】)

終わりに

「はじめに」で述べた通り無権代理人の地位を本人が承継する場合、無権代理行為に関与した元無権代理人が信義則上追認拒絶ができないというのが判例である。今回の事例はこれに類似するが、無権代理行為に関与した、という一事では信義則違反ということにならないと判示されている。前者と後者の違いはどこから生じるのか?民骨さんは前者が任意代理についてのものであるのに対して、後者が法定代理に関するものであることが、判断が相違する原因ではないかと思うが、皆さんはどう考えるか?法定代理は、私的自治が不十分な本人を保護するための制度であるから、その制度趣旨をできるだけ貫徹するために、特別な配慮が必要になると思われる。

それにしても、ここに登場するF弁護士に対しては、やや疑問を感じた。Y側の弁護士であるにもかかわらず、Yに不利益をもたらす予約案を、Y側のおそらく法律に無知なA・Bに提示して、Xとその予約案に基づき予約締結させてしまったからである。F弁護士にも事情があるのかもしれないが、委任契約上の善管注意義務(§644)に違反しているかもしれない。上告理由を見ると、F弁護士の名がない。Y側のA・BのF弁護士への気持ちがうかがえる。

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