はじめに
賃借権もその要件をみたせば時効取得することは当然である。また賃借権が第三者に対抗するためには、§605の賃借権の登記または借地借家法10による、借地上建物の保存登記を備えなければならない。そうすると、後者の対抗要件を具備しなくても、賃借権の取得時効は抵当権実行による競落人に対抗できるのだろうか?
出典
判タ1342号96頁、判時 2105号9頁 LEX/DB:25443054
百選I(第8版)98頁
当事者関係
X:本件土地競落人(原告、控訴人、被上告人)
Y1:本件土地賃借人(被告、被控訴人、上告人)
Y2~Y4:本件土地上本件建物2・3占有者
A:本件土地元賃借人、Y1の夫
B1:本件土地元所有者、Aと本件土地賃貸借契約締結
B2・B3:B1の相続人?
時系列表
S.16.10.05 | A, 土地所有者B1との間で本件土地の賃貸借契約を締結△
(A, 本件土地を賃借して所有していた旧建物をCから譲り受ける) |
S.27.04.15 | A死亡。Aの妻Y1、Aを相続して本件土地借地権を承継取得 |
S.30年ころ | Y1, 本件土地上に旧建物を取り壊して本件建物3を新築 |
S.36.10.05 | Y1、賃借権を時効取得▲ |
S.39.06 | Y1, 本件土地上に本件建物2(アパート)を新築 |
H.01.11.06 | B3、相続 |
遅くともH.08.~ | Y1、本件土地の賃料をB3に支払う |
H.08.12.20 | 大蔵省(~H.13.現財務省)、本件土地につき相続税支払のために本件抵当権設定登記▽
債務者=B2 Y1、借地権について対抗要件未具備 |
H.14.08.13 | Y1、本件各建物につき所有権保存登記 |
H.18.04.03 | 本件土地につき差押登記(←H.18.03.30担保物処分の差押え) |
H.18.12.11 | X,本件抵当権の実行としての担保処分による公売で本件土地取得☆ |
H.18.12..20 | Y1、賃借権を時効取得(1審認定)▼ |
H.18.12.25 | X、所有権移転登記 |
H.19.01.25 | Y1、XにH.18.12.12以後の賃料支払ため、支払先口座を知らせてほしい旨の内容証明郵便送付 |
H.19.01.26 | Y1、XにH.18.12分とH.19.01分の賃料を送金。X、受領拒絶 |
訴訟物・請求の趣旨
事件名は「建物収去土地明渡等請求事件」となっている。公売競落人Xが所有権に基づいて訴えを提起している。占有者Y1らに対する訴えであるから、物権的請求権の種類は返還請求権であることは明らかである。Y2~Y4はY1の訴訟の消長で運命が決まるので、以下の分析・解析では登場しないことになるが、Xの彼らに対する訴訟物についても記載しておく。
訴訟物:XのY1に対する本件土地所有権に基づく返還請求権としての建物収去土地明渡請求権
請求の趣旨:「YはXに対し、本件建物建物2・3を収去して本件土地を明け渡せ」
訴訟物:XのY1~Y4に対する本件土地所有権に基づく返還請求権としての建物退去土地明渡請求権
請求の趣旨:「Y1~Y4はXに対し、本件建物建物2・3から退去して本件土地を明け渡せ」
判旨
Yらの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求認容」ということになる。
判例分析
判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。
1 本件は,公売により第1審判決別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を取得したXが,本件土地の所有権に基づき,〔1〕本件土地上に同目録記載2及び3の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有するY1に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことなどを求めるとともに,〔2〕Y1からそれぞれ本件建物の一部を賃借して占有しているその余の上告人らに対し,本件建物の各占有部分から退去して本件土地を明け渡すことを求める事案である。Y1は,本件土地を前所有者から賃借していたが,上記公売により消滅した抵当権の設定登記に先立って賃借権の対抗要件を具備していない。
2 所論は,最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁を引用するなどして,Y1は,上記抵当権の設定登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,本件土地を継続的に用益するなどしてこれを時効により取得しており,同登記に先立って賃借権の対抗要件を具備していなくても,この賃借権をもってXに対して対抗することができると主張する。
3 抵当権の目的不動産につき賃借権を有する者[Y1]は,当該抵当権の設定登記に先立って対抗要件を具備しなければ,当該抵当権を消滅させる競売や公売により目的不動産を買い受けた者[X]に対し,賃借権を対抗することができないのが原則である。このことは,抵当権の設定登記後にその目的不動産について賃借権を時効により取得した者があったとしても,異なるところはないというべきである。したがって,不動産につき賃借権を有する者がその対抗要件を具備しない間に,当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合,上記の者は,上記競売又は公売により当該不動産を買受けた者[X]に対し,賃借権を時効により取得したと主張して,これを対抗することはできないことは明らかである。
これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の上記判例は、不動産の取得の登記をした者と上記登記後に当該不動産を時効取得に要する期間占有を継続した者との間における相容れない権利の得喪にかかわるものであり,そのような関係にない抵当権者と賃借権者との間の関係に係る本件とは事案を異にする。また,所論引用に係るその余の判例も,本件に適切でない。論旨は採用することができない。
判例解析
【X1番枠】
訴訟物が「XのY1に対する本件土地所有権に基づく返還請求権としての建物収去土地明渡請求権」であるから、いうべきことは、「① X=所有者、② Y1=占有者」である。要件事実の本などでは、②を細分し「②⒜ 土地上の建物の存在、②⒝ Y1=建物所有者」としてあるが、学習者は「Y1=占有者」であることを抑えれば十分であろう。
【Y1番枠】
Y1としては占有権原を明らかにしなければならない。Y1とB家との土地賃貸借契約を言うことになる。
【X2番枠】
Y1の土地賃借権の対抗要件である、本件建物の保存登記(借地借家法10 I)が大蔵省の抵当権設定登記に劣後していることから、Y1主張の賃借権がXに対抗できないことを言うことになる。
【Y2番枠】
そこでY1は、Xの対抗要件についての主張をくじくためには、対抗要件なくてもXに対して賃借権を対抗できるように主張しなければならない。ここで時系列表を見ると、Xが本件土地を取得したのがH.18.12.11☆で、大蔵省の登記▽がなされてから時効完成するのがH.18.12.20▼である。そうであるならば、Xは時効完成前の第三者となり、賃借権の取得時効を対抗要件なしで主張できることになる。その法理は、最判昭和36.07.20(昭和34年(オ)第779号)が提供してくれる。つまり初回の時効完成後、対抗要件を備えた第三者には、時効取得者は対抗できないが、その登記時を起算点として再度時効が進行することによって、その第三者に取得時効を対抗することができる、というものである。1審はこれを採用してXの請求を棄却している。
【X3番枠】
これに対して再度対抗関係を主張することになろうか? そうであるならば判決理由中「3」の第1段落をいうことになる。つまり、Yの土地賃借権の時効取得であっても、土地賃借権の対抗要件を備えなければ、抵当権者及び競落人に対抗できないということになろうか?
【Y3番枠】
するとなぜ最判昭和36.07.20(昭和34年(オ)第779号)の法理が適用されないのか、ということを主張することになろう。この場合判決理由中「3」の第2段落につなげるためには、Xの土地所有権とY1の土地賃借権は両立可能で、Xにとって実害がない、というようなことを言うべきかもしれない
【X4番枠】
ここは判決理由中「3」の第2段落をいうことになる。
解析結果
Xの主張 |
Yの主張 |
所有物返還請求権
① X=土地所有者(=公売競落人) ② Y1=土地占有者:土地上建物所有者 |
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占有権原
Y1の土地賃借権(←Y1とB家との賃貸借契約関係) |
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§177
① 不動産 ② 物権変動(Y1の賃貸借契約による本件賃借権取得) ③ Y1に大蔵省の抵当権設定登記(H.08.12.20)前の② の対抗要件なし ⇒第三者(=大蔵省・X)に②の対抗不可 |
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最判昭和36.07.20(昭和34年(オ)第779号)
再度の賃借権の取得時効 ① 物=有体物――不動産・動産可 ② 10年継続的用益という外形←物の占有 (1) 起算点:H.08.12.20 時効完成後S.36.10.05▲第三者登場時▽ (本件土地抵当権設定登記時) (2) (1)時から10年間の占有:H.18.12.20▼完成 ③ 自己のためにする意思(賃借の意思) ④ 平穏公然の行使(Y1賃料支払) ⑤ 起算点で善意・無過失 ⇒援用権行使【§145】[1審判断] X=Y1の時効完成▼前☆の第三者 =地所有者B3の賃貸人の地位の承継人 ∴Y1、Xに登記なくても土地賃借権の時効取得対抗可 |
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§177
① 不動産 ② 物権変動(Y1の本件賃借権時効取得) ③ Y1に大蔵省の抵当権設定登記(H.08.12.20)前の② の対抗要件なし ⇒第三者(=競売・公売による不動産買受人X)に②の対抗不可 抵当権設定登記後,賃借権時効取得に必要な期間,本件不動産を継続的に用益しても |
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最判昭和36.07.20(昭和34年(オ)第779号)の法理を本件で適用しないのは不当
Xの土地所有権とY1の土地賃借権は両立可能 ∴Y1の時効取得を認めてもXの実害なし |
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最判昭和36.07.20(昭和34年(オ)第779号)
不動産の取得の登記をした者と登記後に当該不動産を時効取得に要する期間占有を継続した者との間における相容れない権利の得喪にかかわるもの ≠ 本件 相容れない権利の得喪関係にない抵当権者と賃借権者との間の関係に係るもの |
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終わりに
【X2番枠】と【X3番枠】が同じ§177であることに気が引ける部分がある。【X2番枠】はY1の取得時効を言い出す前の一般的なもの、【X3番枠】は【Y2番枠】で取得時効を言った後での、判決理由「3」第1段落を受けたものと構成してみた。
【Y3番枠】は判決理由中にないものだが、その「3」の第2段落につながるものを考えなければなるまい。原審でY1の主張を否定するいろいろな論拠があげられているが、しっくりするものはなかった。この判例は再度の時効取得が認められるのは、「相容れない権利の得喪」に関係するものに限定する。そういう意味では最判平成24.03.16(平成22年(受)第336号)では、時効取得された所有権と抵当権が問題になったが、抵当権が実行されると所有権を失う関係にあり、その意味では「相容れない権利の得喪」に関係しているのかもしれない。
今回はあまり「しっくり」ときていない。諸兄の批判を待って、また時間をおいてからいつの日か、改訂版を出したいと思う。今回は暫定版として参考にしてくれれば幸いである。民骨さんの限界です。
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