最判昭和40.06.18(昭和39年(オ)第1267号)

総則

はじめに

無権代理行為を本人が拒絶できることは§113から明らかである。この場合無権代理人は§117の責任を負わなければならない。しかし無権代理人が本人を相続すると、相続する本人の権利の中に追認拒絶権をも相続することになる。この追認拒絶権を、実際に無権代理行為をした無権代理人が行使できるのか?法律論理上は、これを認めなければならないように思われる。しかし結果は不当ではないか?この不当性を免れるためにはどんな条文が適用されるのか?

出典

民集第19巻4号986頁、LEX/DB:27001295

家族百選(第4版)77頁

当事者関係

X:無権代理人・Aの相続人(原告、控訴人、上告人)

Y:相手方(被告、被控訴人、被上告人)

A:本件土地所有者、Xの被相続人

B:Xから選任された「複代理人」

時系列表

S.33.05 X、Aの印鑑を無断使用,Bの仲介で金融を受ける。Aの不動産を担保に差し入れる
S.33.08 X、上記債務の借りかえをすることをBに勧められるが、内容をよく確かめない

X、Aに無断で本件土地の売渡証書にAの印鑑使用、A名義の委任状を作成

X、Bにこれら書類を一括して選択交付

S.33.08.08 B、Aの代理人としてYとの本件土地売買契約
S.33.08.11 Y、本件土地の所有権移転登記手続了
S.35.03.19 A死亡、X以外相続放棄→X単独相続

 

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「土地所有権移転登記抹消登記手続請求上告事件」となっている。当然Xは自己の本件土地所有権に基づいて、Y名義の所有権移転登記があることは、Xの処分権が妨害されるので、妨害排除請求権として、所有権移転登記の抹消登記手続きを訴求することになる。

訴訟物:XのYに対する本件土地所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権

請求の趣旨:「Yは、本件土地についての売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ」

判旨

Xの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求棄却」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

原審の確定するところによれば、亡AはXに対し何らの代理権を付与したことなく代理権を与えた旨を他に表示したこともないのに、XはAの代理人として訴外Bに対しA所有の本件土地を担保に他から金融を受けることを依頼し、Aの印鑑を無断で使用して本件土地の売渡証書にAの記名押印をなし、Aに無断で同人名義の委任状を作成し同人の印鑑証明書の交付をうけこれらの書類を一括してBに交付し、Bは右書類を使用して昭和33年㋇㏧本件土地をYに代金24万5千円で売渡し、同月11日右売買を原因とする所有権移転登記がなされたところ、Aは同35年㋂19日死亡しAにおいてその余の共同相続人全員の相続放棄の結果単独でAを相続したというのであり、原審の前記認定は挙示の証拠により是認できる。

ところで、無権代理人[X]が本人[A]を相続し本人[A]と代理人[X]との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人[A]が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であり(大判・大正15年(オ)1073号昭和2年3月22日判決、民集6巻106頁参照)、この理は、無権代理人[X]が本人[A]の共同相続人の一人であって他の相続人の相続放棄により単独で本人[A]を相続した場合においても妥当すると解すべきである。したがつて、原審が、右と同趣旨の見解に立ち、前記認定の事実によれば、XはBに対する前記の金融依頼が亡Aの授権に基づかないことを主張することは許されずBは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていたものと解すべき旨判断したのは正当である。そして原審は、原判示の事実関係のもとにおいては、Bが右授与された代理権の範囲をこえて本件土地をYに売り渡すに際し,YにおいてBに右土地売渡につき代理権ありと信ずべき正当の事由が存する旨判断し、結局、XがYに対し右売買の効力を争い得ない旨判断したのは正当である。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する土地所有権に基づく妨害排除請求権」であるから、Xが所有者であることと、妨害の事実としての、Y名義の登記があることを主張することになる。所有者であることを根拠づけるには、Aから本件土地を相続したことを言わなければならない。

【Y1番枠】

Yは、Aから正当に本件土地を売買契約によって譲り受けたことをいうことになる。Yと実際に契約を締結したのは、Bであるから、BがAを代理して行ったことを主張する。

【X2番枠】

XとすればBはAから代理権を与えられていない無権代理人であり、相続したAの追認拒絶権を行使することになる。

【Y2番枠】

BとXとの関係とその関係がAに及ぶことを言わなければならない。難しいところである。

判決理由内で引用する原審判断で、「Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていた」とある。この構成に近いものは、XがBを復代理人に選任した場合ととして構成してみた。

【X3番枠】

復代理人BはXの代理権限の範囲(金融を受けること+担保権設定)内で行為すべきであるのにその権限を越えて、本件土地を売却してしまった。したがって売却の代理権はないことを主張することができる。もっともこの論点は【Y3番枠】と同様に省略しても論理は貫徹する。判決理由ではBの権限踰越について触れているので一応解析中で扱うことにする。

【Y3番枠】

【X3番枠】がある以上Yは、§110のいわゆる権限踰越型の表見代理を主張することになる。【X3番枠】を省略する場合には、当然この【Y3番枠】は不要である。

【X4番枠】

しかし§110はXに何等かの代理権があることを要件としているが、そもそもXにはそのような代理権はない。したがって§110は成立しないことになる。

もっとも【X3番枠】【Y3番枠】がなくても、【Y2番枠】でXにどんな代理権もないことを主張することができる。そのような意味で、【X3番枠】【Y3番枠】を省略しても構わないと思われる。

【X2番枠】ではBが無権代理人であったが、ここではXが無権代理人として登場する。そして【X2番枠】と同じように本人Aから相続したAの追認拒絶権を行使することになる。

【Y4番枠】

判決理由では「無権代理人[X]が本人[A]を相続し本人[A]と代理人[X]との資格が同一人に帰するにいたつた場合においては、本人[A]が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解する」とあるが、その理由が詳らかでない。

【X4番枠】でのXの主張は法律論理的には矛盾がない。しかし結果は不当である。そこが難しい。法律条文を適用して不当な結果がどうしても回避できないときにはじめて用いられるのが、信義則と権利濫用である。本件では、その後の判例で明らかにしているように、信義則による処理をすることにした。

解析結果

Xの主張

Yの主張

所有権【§206】

① X=本件土地所有者

【§896】

⑴ Aの死亡【§882】

⑵ X=Aの単独相続人

⑶ 本件土地(⊂Aの相続財産)

⇒X、⑶を相続

② 妨害の事実

(本件土地へのY名義の所有権移転登記)

代理によるAY間の売買契約【§99 I】

① Y、Bと売買契約を締結【§555】

(1) 本件土地所有権をAはYに移転する

(2) YはAに売買代金を支払う

② BはAのためにすることを示す

③ Bに①の代理権がある。

無権代理行為【§113】

① BがYと売買契約を締結

② BはAのためにすることを示す

③ AはBに①の代理権を授与していない

相続 【§896】

① Aの死亡【§882】

② X=Aの単独相続人

③ Aの追認拒絶権

⇒X、⑶を相続

∴ X、Aの追認拒絶権行使

∴ 売買契約無効

【§99 I】

① B がYと売買契約を締結

② BはAのためにすることを示す

③ Bに①の代理権あり

④ B=Aの復代理人

(Xが復代理人Bを選任)【§106 II】

⇒Aに①の効果帰属(Yへの所有権移転)

無権代理行為【§113】

① BがYと売買契約を締結

② BはAのためにすることを示す

③ ①はXの代理権限外【§106 I】

⇒Bの行為=無権代理行為

【§110】

① BがYと売買契約を締結

② BはAのためにすることを示す

③ B(←X)に①以外の代理権がある

④ B(←X)に①の代理権があると信じる

⑤ ④につき正当な理由

無権代理行為【§113】

① BがYと売買契約を締結

② BはAのためにすることを示す

③ AはXに代理権を授与していない

∴ 代理人X=無権代理人

復代理人B=無権代理人

A ⇒X相続【§896】

① Aの死亡【§882】

② X=Aの相続人

③ Aの追認拒絶権

⇒X、③を相続

∴Xは本人Aの相続人として追認拒絶権行使

信義則違反【§1III】

① Xの信義則上の義務=Yの信頼保護義務

(Xは自らAの委任状の無断作成等をして、BY売買契約に関与したからその契約の義務を履行するだろう)

② ①違反

(相続した本人Aの追認拒絶権を行使して自らの義務を免れようとする)

⇒②は法的に認められない

∴追認拒絶権行使不可【§117I】)

終わりに

無権代理人が本人の追認拒絶権を相続した判例であるが、実際の契約を締結したのがBであった。このBの処理に結構時間をとった。判例の結論は是認できるのだが、どうやってBがした無権代理行為とXが無権代理人であることと絡めるのか?唯一の手がかりは「Bは右の範囲内においてAを代理する権限を付与されていた」という文言であった。そこで民骨さんはBを「復代理人」に当たるとして処理することにした。もしももっと良い解決方法があるならば民骨さんに教えてほしい。

ただ講学上、勉強するためにはB=Xとして、つまりBを登場させずに検討すると、【X1番枠】→【Y1番枠】→【X4番枠】→【Y4番枠】の流れになるだろう。

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