最判平成10.07.17(平成6年(オ)第1379号)

総則

はじめに

無権代理人が本人の追認拒絶権を相続したとしても、追認拒絶権を行使することは信義則に反して法的に認められないのは確定した判例である(最判昭和40.6.18(昭和39年(オ)1267号))。しかし生前に本人が追認拒絶権を行使した場合でも、無権代理人は履行しなければならないのだろうか? 本人がした追認拒絶の法的効力とは一体どういうことなのだろうか? また知的トレーニングとして、もしも本人の追認拒絶が認められた場合、相手方としてはなにもできないか? 最後の論点は この判例では扱っていないが、挑戦してもらいたい。

出典

民集第52巻5号1296頁、LEX/DB:28031946

百選I(第5版新法対応補正版)84頁

当事者関係

X:本件各物件所有者(原告、控訴人、上告人)、Aの代襲相続人

Yら:根抵当権者(被告、被控訴人、被上告人)

Y1:信用保証協会、Y2:都市銀行、Y3:個人、Y4:会社

A:Bの母

B:Aの長男、無権代理人

C:有限会社、B経営

D:Bの妻、X1・X2の母親、Aの後見人

時系列表

S.58.11. A、脳循環障害のために意思能力を喪失
S.60.01.21~

S.61.04.19

B、Aを無権代理としてY1~Y4と根抵当権設定契約締結
S.61.04.19 B、Aを無権代理としてY4社とC社のY4社の債務を連帯保証する旨の契約を締結
S.61.09.01 B死亡。D、X1X2、限定承認
S.62.05.21 A、禁治産宣告[現後見開始の審判]を受ける
S.61.06.09 A、禁治産宣告[現後見開始の審判]確定、D、後見人に就職
S.62.07.07 D、Aを代理して、Yらに対する本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起★
S.63.10.04 A死亡、X1,X2代襲相続、物件・訴訟承継

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「根抵当権設定登記抹消登記手続請求本訴、同反訴事件」となっている。根抵当権設定登記が自らの所有物にあることは、「使用・収益・処分」(§206)のうち、「処分」に対する重大な妨害といえるから、妨害排除請求権としてのXらが自己の所有権に基づいた根抵当権設定登記抹消登記請求を、XはYに対してすることになる。

1審では請求が「被告Ynは、原告承継人らに対し、別紙物件目録(x)記載の物件について別紙登記目録(y)記載の登記の抹消登記手続をせよ」となっているが、最高裁判所の判決主文は「被上告人Ynは、Xらに対し、別紙物件目録(x)記載の物件について別紙登記目録(y)記載の登記の抹消登記手続をせよ」となっているので、訴訟の承継についてはいわなくてもよいだろう。

反訴は、Y4からXらに対して

訴訟物:XらのYらに対するXの本件各物件所有権に基づく妨害排除請求権としての根抵当権抹消登記請求権

請求の趣旨:「YらはXらに対し、本件各物件についての根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。」

判旨

Xの上告に対して判旨は「原判決破棄・第1審判決取消し」で、最高裁自ら裁判している、いわゆる「破棄自判」である。形式的にも、判決主文をみても「Xらの請求認容」という結果となっている。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

三 原審は、前記事実関係の下において、次の理由により、Xらの請求を棄却しY4会社の反訴請求を認容すべきものとした。

1 AはY2銀行及びY4会社が主張する表見代理の成立時点以前に意思能力を喪失していたから、右Yらの表見代理の主張は前提を欠く

2 Xらは、無権代理人であるBを相続した後、本人であるAを相続したから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、信義則上本人が自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じ、本人であるAの資格において本件無権代理行為について追認を拒絶する余地はなく、本件無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防御方法の中で追認拒絶の意思を表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するに至った場合、無権代理行為は当然に有効になるものと解すべきである。

四 しかしながら、原審の右三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

本人[A]が無権代理行為の追認を拒絶した場合には、その後に無権代理人[B]が本人を相続したとしても、無権代理行為が有効になるものではないと解するのが相当である。けだし、無権代理人[B]がした行為は、本人がその追認をしなければ本人に対してその効力を生ぜず(民法113条1項)、本人[A]が追認を拒絶すれば無権代理行為の効力が本人[A]に及ばないことが確定し,追認拒絶の後は本人[A]であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人[B]が本人[A]を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではないからである。このように解すると、本人[A]が追認拒絶をした後に無権代理人[B]が本人[A]を相続した場合本人[A]が追認拒絶をする前に無権代理人[B]が本人[A]を相続した場合とで法律効果に相違が生ずることになるが、本人[A]の追認拒絶の有無によって右の相違を生ずることはやむを得ないところであり、相続した無権代理人[B]が本人[A]の追認拒絶の効果を主張することがそれ自体信義則に反するものであるということはできない。

これを本件について見ると、Aは、Yらに対し本件各登記の抹消登記手続を求める本訴を提起したから、Bの無権代理行為について追認を拒絶したものというべく、これにより、Bがした無権代理行為はAに対し効力を生じないことに確定したといわなければならない。そうすると、その後にXらがAを相続したからといって、既にAがした追認拒絶の効果に影響はなくBによる本件無権代理行為が当然に有効になるものではない。そして、前記事実関係の下においては、その他にXらが右追認拒絶の効果を主張することが信義則に反すると解すべき事情があることはうかがわれない

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XらのYらに対するXの本件各物件所有権に基づく妨害排除請求権としての根抵当権抹消登記請求権」であるから、Xらが所有者であることと、妨害の事実としての、Yら名義の登記があることを主張することになる。所有者であることを根拠づけるには、Aから本件土地を相続(代襲相続)したことを言わなければならない。

【Y1番枠】

Yらは、Aの代理人Bと根抵当権設定契約を締結し、それに基づく根抵当権設定登記を有すること、すなわち「登記保持権原の抗弁」を主張することになる。

普通抵当権の場合は「① 被担保債権の存在、② 抵当権設定契約、③ 設定者の本件不動産処分権、④ ②に基づく登記」が要件として求められる。しかし根抵当権の場合には、被担保債権の存在は必須ではない(被担保債権額が0でも根抵当権は存在しない)ので、①は不要となる。

【X2番枠】

XとすればBはAから代理権を与えられていない無権代理人である。Aの追認拒絶権をXらは相続して、行使することになる。しかし【X3番枠】で触れることだが、追認拒絶権を既にAの後見人[=法定代理人]がAの生前に行使しているが、ここではこの程度に留めておいてよいだろう。

【Y2番枠】

ここで信義則を使うことになる。最判昭和40.6.18(昭和39年(オ)1267号)で、無権代理行為を自らした無権代理人は、本人の地位を承継しても、本人の有する追認拒絶権行使が信義則違反に当たるという結論を使うことになる。Bがした無権代理行為は根抵当設定契約であり、その結果としての根抵当権設定登記に協力したことである。これをBその相続人Xらは否定しないだろうとの信頼が、具体的な信義則で問題となるYらの信頼ということになる。

【X3番枠】

ここで生前の本人Aの追認拒絶の事実をいうことになる。Aの死亡前に後見人(現:成年後見人)Dが法定代理人として訴を提起しており、その結果追認拒絶の意思表示をしている。それとともに、追認拒絶の効果を判決理由で具体的に言及している。それは「追認拒絶の後は本人[A]であっても追認によって無権代理行為を有効とすることができず、右追認拒絶の後に無権代理人[B]が本人[A]を相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼすものではない」ということである。ややくどく相続についても言及した。それはAの追認拒絶という法律事実を、Xが相続したとするとより明確になると思われるからである。

【Y3番枠】

判決理由で述べられているのはここ【X3番枠】までである。その結果Xらの根抵当権設定登記が抹消されることになる。それに対してYがXに対して何らかのリアクションができるか、ということを検討しておくのも有益である。そうすると、本人Aの追認拒絶がなされた場合であっても、無権代理人Bの責任は残る。履行責任は追認拒絶の結果、果たすことはできないので、履行利益の損害賠償責任は残存する。これをXらに請求することは可能である。

【X4番枠】

しかしここでBの相続についてXらの限定承認という事実がある。そうするとAの相続に関する根抵当権設定登記とは一応無関係となる。

解析結果

Xの主張 Yの主張
相続【§896】

① 被相続人Aの死亡【§882】

② Xら=Aの相続人【§887 II】

⑴ Aの子Bの、相続開始前の死亡

⑵ Xら=Bの子

③ 本件各物件=Aの相続財産

⇒Xら、③を相続

妨害排除請求【§206】

① X=本件各物件所有者

② 本件各物件に根抵当権設定登記がある

登記保持権原の抗弁

① 根抵当権設定契約

設定者=A、根抵当権者=Y1~Y4

⑴ BがY1~Y4と根抵当権設定契約を締結

⑵ BがAのためにすることを示す

⑶ 代理権の発生

② Aが①当時土地を所有

③ ①に基づく根抵当権設定登記

無権代理行為【§113】

① Bがした根抵当権設定契約

② Aのためにすることを示した

③ Bに代理権がない

⇒Aの追認拒絶権発生

相続【§896】

① 被相続人Aの死亡【§882】

② Xら=Aの相続人【§887 II】

⑴ Aの子Bの、相続開始前の死亡

⑵ Xら=Bの子

③ Aの追認拒絶権

⇒Xら、③を相続

∴Aの追認拒絶権行使

信義則違反【§1 II】

① Xらの信義則上の義務

=Yらの信頼を裏切ってはならない

(信頼:自ら無権代理行為をした無権代理人Bを相続した以上、Xらは、Bの行為を否定しないだろう)

①違反(Xら相続したAの追認拒絶権を相続したとして追認拒絶権行使)

⇒XらはB無権代理行為の追認拒絶不可

A本人の生前に追認拒絶

① Dによる追認拒絶の意思表示★

② Aのためにすることを示す

③ 代理権の発生

A=禁治産者(現:成年被後見人)

D=後見人(現:成年後見人)

⇒Aの追認拒絶

→その後の無権代理行為を有効とすること不可

∴追認拒絶の後に無権代理人Bが本人Aを相続したとしても、右追認拒絶の効果に何ら影響を及ぼさない

相続【§896】

①被相続人Aの死亡【§882】

② Xら=Aの相続人【§887 II】

⑴ Aの子Bの、相続開始前の死亡

⑵ Xら=Bの子

③ Aの追認拒絶の法的事実

⇒Xら、③を相続

∴Aの追認拒絶の法的事実を相続

(Bに対する無権代理人としての履行請求権)
(Xらの限定承認【§924】

① 相続人XがBの相続の開始を知った時

② ①から3か月以内【§915 I】

③ 相続財産目録の作成

④ ③を家庭裁判所に提出

⑤ 家庭裁判所に対する限定承認をする旨の申述

⇒Xらの限定承認)

終わりに

追認拒絶は一旦すると、無権代理行為は有権代理行為(判例のいう「有効」)にはならない。当然のことだが、この判例で明確に述べられている。本判例では無権代理人が死亡し、その後に本人が追認拒絶をして死亡した場合であった。本人が追認拒絶をして死亡した後に無権代理人が相続した場合でも、追認拒絶という法的事実は相続されることになる。

そうなると相手方保護に欠けるのではないか、という疑念が生じるかもしれない。「はじめに」で触れた知的トレーニングである。無権代理関係は、相手方と本人との関係だけでなく、相手方と無権代理人との関係もある。そうすると相手方と本人の関係では追認拒絶となったのだが、相手方と無権代理人との関係では、履行利益の損害賠償は残ることになる。相手方と本人の関係で相手方の保護に欠ける場合には、相手方と無権代理関係で相手方の保護を図るべきである。

よくある法律論議であるが、ある一つの条文を、すべての問題を解決する「魔法の杖」にしたがる先生方が多い。ただし判例はそのような発想をしない。判例はいろいろな道具(条文)を様々な状況に応じて使い分けている。大木を切る場合に、ノコギリ・ノミでも論理的には可能かもしれない。しかし斧を使うのが効率的である。伝統工芸の名人の道具を見ると、非常に多くの道具を細かい場面で使い分けている。適材適所である。法律適用の場面で、「名人」となるためには、一つでも多くの条文を自家薬籠中の物として使いこなせるようにならなければならない。その一つの手段としてこの「民法の骨」が皆さんの役に立てれば幸いである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました