最判平成23.10.18(平成22年(受)第722号)

総則

はじめに

無権限者が他人の権利を処分した行為は当然、その権利者には効果が及ばない。しかしその処分行為を権利者が追認した場合には、無権代理追認の効果を規定する§116本を類推適用して、行為時に遡って権利者に効果が及ぶというのが判例である[最判昭和37.8.10昭和34年(オ)504号]。そうであるならば、処分行為で発生する債権債務関係も、行為時に遡って発生するのだろうか?もしもそうであるならば、譲受人が無権限者に代金支払債務を履行し、契約関係が終了していても、権利者との関係でさらに代金支払債務が復活するのだろうか?

出典

民集第65巻7号2899、LEX/DB:25443866

百選I(第8版)037事件

当事者関係

X:ブナシメジ生産業者、工場賃借人(原告、控訴人、被上告人)

Y:農協(被告、被控訴人、被上告人)

A社:B代表取締役

B:A社代表取締役、工場賃貸人、Xの姉の夫

時系列表

H.14.04以後 X、A社代表取締役BからB所有工場を賃借して茸生産
H.15.08.12

~H.15.09.17

・B、賃貸借契約の解除等をめぐる紛争に関連して同工場を実力で占拠

・A社がYとの間で茸販売委託契約(本件販売委託契約)締結

・A、工場内の茸をYに出荷(無権利者による出荷)、Y販売、A、Yから代金受領

H.15.08.13 販売代金支払留保の申し入れ「茸所有者=X。∴Aに支払するな」の書面Yに到達

Yのセンター長は検討する旨回答するも、Aに支払い続ける

H.19.08.27

 

X、Yに対し本件販売委託契約を追認

∵XY間の本件販売委託契約に基づく債権債務を発生させる趣旨で

H.19.09.10 Y、Xに対して代金支払拒絶

事実としてBは登場するが、法的には無視してもよい。

訴訟物・請求の趣旨

事件名は「売買代金請求事件」である。通例同事件名であれば、「売買契約に基づく売買代金請求権」が訴訟物となるはずである。しかし本件では、委託者がY農協に販売委託し、その代金について、委託者がY農協に対して請求できるという意味での「売買代金請求」である。「販売委託契約」と名づけられているが、実質的には委託者・Y農協間の売買契約である。「販売委託契約」という名の売買契約である。したがって訴訟物は売買契約に基づく売買代金請求権としてよい。ただ、判決理由中「販売委託契約」があるのに対して「売買契約」はないので、上記の意味で「販売委託契約」に基づく「委託売買代金」請求権にしておこう。

また時系列表や、1審事実から、Xは茸所有者としての主張をしていること、また所有権に関して争いがあること等から、委託者がXであるという立場で契約当事者として訴えを提起したものであろう。

訴訟物:XのYに対する販売委託契約に基づく委託代金支払請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、205万余を支払え」

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄自判」であるので、「Xの請求棄却」ということになる。「破棄自判」は事実審である原審で確定した事実を基礎に、原審と違う法令の適用をするものである。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

3 原審は,Xが,上記の趣旨で本件販売委託契約を追認したのであるから,民法116条の類推適用により,同契約締結の時に遡って,Xが同契約を直接締結したのと同様の効果が生ずるとして,Xの第2次予備的請求を認容した。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

無権利者[A]を委託者とする物の販売委託契約が締結された場合に,当該物の所有者[X]が,自己[X]と同契約の受託者[Y]との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨でこれを追認したとしても,その所有者[X]が同契約に基づく販売代金の引渡請求権を取得すると解することはできない。なぜならば,この場合においても,販売委託契約は,無権利者[A]と受託者[Y]との間に有効に成立しているのであり,当該物の所有者[X]が同契約を事後的に追認したとしても,同契約に基づく契約当事者[A]の地位が所有者[X]に移転し,同契約に基づく債権債務が所有者[X]に帰属するに至ると解する理由はないからである。仮に、上記の追認により,同契約に基づく債権債務が所有者[X]に帰属するに至ると解するならば,上記受託者[Y]が無権利者[A]に対して有していた抗弁を主張することができなくなるなど,受託者[Y]に不測の不利益を与えることになり,相当ではない。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中Y敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関するYの請求は理由がないから,同部分に関する請求を棄却すべきである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する販売委託契約に基づく委託代金支払請求権」であるから、XY間の契約成立を言わなければならない。「委託」は民法典上「委任」を意味すると思われるので、§643に従う。この委託内容は、「販売」だけでなく、その対価としての「XのYへの売買代金支払」も含まれることにする。そうしないと「委託販売代金」への請求権を根拠づけられないからである。

【Y1番枠】

当然Xと契約を締結していないことを主張することになる。Yが「販売委託契約」を締結した相手方がAだからである。

【X2番枠】

そうすると、AY間の契約成立を前提にXに効力が及ぶ論理構成をしなければならない。そこでXとしては、AXY間での合意の成立を主張することになる。

H.15.08.13のXのYに対する販売代金支払留保の申し入れによって、茸所有権につきYは、争いのあることを知っている。そうであるならば、Yは茸所有権の帰属がAかXに確定してから、所有者とされた者に支払う、という合意が成立したと、1審判決内に記載がある。時系列表に反映できなかったが、Yのセンター長は検討する旨回答して、Aに支払い続けるものの、どうやらその後、その後数年間にわたって,Yが本件茸の販売代金の支払をしなかったようである。この事情も併せて1審判決ではAXY間での合意が形成されたとXは主張している。強引と思われるので、この【X2番枠】と【Y2番枠】は省略してもよいと思う。

AXY間の合意内容を一応示すと

  • Yが本件茸の販売を受託
  • 後日XA間で確定した本件茸の所有者を委託者として,Yが委託者に対し本件茸の販売代金を支払う

というものである。Xの主張に従っておこう。

【Y2番枠】

当然AXY間の合意の成立を否定する。

【X3番枠】

ここで他人[X]所有物を無権利者Aが処分したが、他人[X]がその行為を追認した場合、処分時からの遡及効を認めた§116の類推適用を用いることになる[最判昭和37.8.10(昭和34年(オ)第504号)]。目的は「自己[X]と同契約の受託者[Y]との間に同契約に基づく債権債務を発生させる趣旨」である。これだけだと何のことだかわからない。XはYに代金支払請求権を基礎づけたいのだから、ここは販売委託契約の代金支払債権が委託販売契約締結時に遡って発生させる趣旨(=目的)であることを明らかにするとよいと民骨さんは思う。

【Y3番枠】

結論から言うと、Xの主張が認められなかったのだが、上掲昭和37年判決との関係がよくわからない。

上掲昭和37年判決では、処分された目的物の帰属が争われていた(物権)。すると本件では茸所有権の帰属、つまりYに移転したことについては争いない。争われたのは「契約に基づく債権債務の発生」である。ここを押さえないと、メインディッシュのソースだけ舐めるだけに終わってしまう。メインディッシュの本体は言うまでもなく「契約に基づく債権債務の発生」

であるが、これは発生しないということである。理由はAY間で(債権)契約が有効に成立・履行されていることである。そして消極的に、もしも追認により,契約に基づく債権債務が所有者[X]に帰属すると解すると,受託者[Y]が無権利者[A]に対して有していた抗弁、特に代金支払債務の既履行を主張することができなくなり、二重弁済を強いられる、という受託者[Y]への不測の不利益を挙げている。

解析結果

Xの主張 Yの主張
1. 販売委託契約(XY間)【§643】

① Aが茸販売を委託

② YがXの茸販売を受託

Xと契約締結なし
1. X=本件茸の所有者(H.15.05.13到達書面)

XA間に茸所有権をめぐる争いの存在をY覚知

∴AXY間の合意成立

① Yが本件茸販売を受託(AY販売委託契約)

② 茸所有者が確定後、確定者に委託販売代金を支払う

2. Xが茸所有者と確定

YのXへの回答「検討させてほしい」のみ

Xと合意なし

§116 類推適用

①  A[無権原者]の処分行為

A・Y間の茸販売委託契約

②×顕名なし

③’  茸処分権原なし≒代理権なし

④ Xの追認

→AY販売委託契約時に遡及しAの地位Xへ移転

「契約に基づく債権債務を発生させる」

∴全額代金請求[原審]

・ §116の効果

⇒茸所有権がYに帰属することのみ

・ A・Y間での販売委託契約、有効に成立、茸所有者が同契約を事後的に追認

⇒契約当事者の地位が所有者Xに移転しない

⇒契約に基づく債権債務が所有者Xに帰属しない

終わりに

本判例で、XのYへの請求は棄却された。この結果にXを救済すべきであると先入観を持っていた人は、納得がいかないかもしれない。そもそもそのような先入観・価値判断をひとまずエポケ(判断停止)して、判例の論理展開そのものに接近するのが法適用学である。俗な言葉で言えば、「そう熱くなるなよ」である。実際にXは損害を被っているのだが、その損害は誰に請求すべきであろうか?

これをYに負担させようとするXの試みは挫折したわけだから、他の者に請求しなければならない。それは誰に対してか?また法的根拠は何か?この事実関係で利益を得ているのは、A社である。A社の利得に法的な根拠がない。したがって不当利得返還請求権§703をA社に請求すべきである。A社が倒産状態だから、八つ当たり的にYに請求するのは筋違いであろう。

A社が処分しようとしたときH.15.08.13の販売代金支払留保の申し入れ程度をしただけでは、傍観に等しい。このような場合、(仮)差押といった、保全処分や執行手続きをすべきである。

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