最判判昭和62.07.07(昭和60年(オ)第289号)

総則

はじめに

代理関係において、相手方が代理人に履行請求してきた場合、代理人は有権代理の成立を根拠に、請求を拒絶できるのは当然である(§99)。本人へ請求すべきであるからである。

表見代理は、代理人の意思表示と顕名があっても、代理権がない場合であるが、それでも本人と代理人との間に一定の関係があって、取引安全を図るために、代理権の存在したのと同様の効果を認める制度である。この考えからは、表見代理は、有権代理の代理権の存在を補充するものだから、有権代理と同様な効果が与えられたのだと考えることができる。「表見代理の成立は本条(§117)1項所定の代理権又は追認の存在と等価値と評価されるべきである」(司法研修所・増補民事訴訟における要件事実、第1巻108頁)という考えは十分に成立する余地がある。

すると、代理人は相手方からの請求に対して、表見代理の成立を根拠に、請求を拒絶できるのか、ということが問題になる。

また表見代理は上述の通り、代理権がない場合であるから、無権代理の一態様である。そうすると、表見代理が成立する場合に、相手方は本人に請求しなければならないのか、(無権)代理人に請求できるのか、等が問題となってくる。

今回扱う判例は、いま述べた問題を扱っている。その他、相手方が代理人に代理権がないことについての過失の性質についての問題も扱っている。

この判例解析するには、判決理由通りに解析を進めると、上述の論点を論じつくすことができなくなる。どのようにストーリー展開すべきか、検討していこう。

出典

民集第41巻5号1133頁、LEX/DB27800474

百選I(第8版)034事件

当事者関係

X:原告、被控訴人、被上告人:信用組合、代理関係での相手方

Y:被告、控訴人、上告人:無権代理人、Cの従姉、無権代理人

A:会社(工務店)、保証関係での主たる債務者

B:Yの夫、婿養子、代理関係での本人、保証関係での保証人

C:A会社代表の妻、共同経営、Yの従妹

時系列表

最高裁判例を見ても事実関係がよく分からない。第1審の請求の趣旨についての記述と原審での詳細な事実の記載を参考にしなければならない判例である。

B、妻Yに不動産の管理理運用を委せ、B名義による借入等も主としてYがBの代理人として行うことを認めてきた
S.42.05 B、Xから100万円を借受け、Y、署名代理
S.47 or48 B、Xに融資の申し込み、Y、署名代理
S.51.05.04頃 A工務店の代表者の妻Cが、Cの従姉であるYに対して、Yの夫であるB名義で借入金の保証をなすことを依頼
Y、Bの代理人としてBの印鑑証明書の交付を受け、Cに引渡
S.51.05.06 X、A社にI融資(100万円)、弁済期S.51.05.16

「連帯保証人」欄にBの妻Yが署名押印

X、Bに保証意思確認

S.51.05.15 X、A社にII融資(100万円)、弁済期S.51.05.20

「連帯保証人」欄にBの妻Yが署名押印

X、Bに保証意思確認

S.51.05.20 X、A社にIII融資(300万円)期限の利益喪失約款

「連帯保証人」欄にBの妻Yが署名押印(無権代理)

X、Bに保証意思確認せず

S.51.11.15

 

X、A社にIV融資(200万円)期限の利益喪失約款

「連帯保証人」欄にBの妻Yが署名押印(無権代理)

X、Bに保証意思確認せず

S.52.01.14 A会社支払停止(貸付残高III:212万円;IV:200万円)
S.52.05.15 (IV融資弁済期)
S.53.05.20 (III融資弁済期)

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「保証債務履行請求事件」であるから、XのYに対する保証契約に基づく保証債務履行請求権でよい。保証契約自体はXBで成立するはずなのに、Yに請求するのは、無権代理人の責任追及だからである(§117 I)。しかし「117条に基づく履行請求権としての保証債務履行請求権」、「無権代理による履行請求権としての保証債務履行請求権」ということにはならない。たしかに、無権代理行為に基づいて(無権)代理人Yに請求しなければならないのだが、117条は具体的な法的権利発生根拠を示していないからである。

請求の趣旨は、時系列表にあるIIIとIVの融資残額を請求している。

訴訟物:XのYに対する保証契約に基づく保証債務履行請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、金412万円を支払え」

 

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄差戻し」であるので、「Xの請求棄却?」ということになろう。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。段落分けは民骨さんが行った。

 

しかしながら、民法は、過失と重大な過失とを明らかに区別して規定しており、重大な過失を要件とするときは特にその旨を明記しているから(例えば、95条、470条、698条)、単に「過失」と規定している場合には、その明文に反してこれを「重大な過失」と解釈することは、そのように解すべき特段の合理的な理由がある場合を除き、許されないというべきである。そして、同法117条による無権代理人の責任は、無権代理人が相手方に対し代理権がある旨を表示し又は自己を代理人であると信じさせるような行為をした事実を責任の根拠として、相手方の保護と取引の安全並びに代理制度の信用保持のために、法律が特別に認めた無過失責任であり同条2項が「前項ノ規定ハ相手方力代理権ナキコトヲ知リタルトキ若クハ過失二因リテ之ヲ知ラサリシトキハ之ヲ適用セス」と規定しているのは、同条1項が無権代理人に無過失責任という重い責任を負わせたところから、相手方において代理権のないことを知っていたとき若しくはこれを知らなかつたことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、無権代理人の免責を認めたものと解されるのであつて、その趣旨に徴すると、右の「過失」は重大な過失に限定されるべきものではないと解するのが相当である。

表見代理の成立が認められ、代理行為の法律効果が本人に及ぶことが裁判上確定された場合には、無権代理人の責任を認める余地がないことは明らかであるが、無権代理人の責任をもつて表見代理が成立しない場合における補充的な責任すなわち表見代理によっては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度である解すべき根拠はなく右両者は、互いに独立した制度であると解するのが相当である。したがつて、無権代理人の責任の要件と表見代理の要件がともに存在する場合においても、表見代理の主張をすると否とは相手方の自由であると解すべきであるから、相手方は、表見代理の主張をしないで、直ちに無権代理人に対し同法117条の責任を問うことができるものと解するのが相当である(最高裁昭和31年(オ)第629号同33年6月17日第三小法廷判決・民集12巻10号1532頁参照)。そして、表見代理は本来相手方保護のための制度であるから、無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自已の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反するというべきであり、したがつて、右の場合、無権代理人は、表見代理が成立することを抗弁として主張することはできないものと解するのが相当である。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する保証契約に基づく保証債務履行請求権」である。保証債務履行請求権の根拠条文は§446となる。保証債務履行請求権は本人Bの追認拒絶(§113)があったと思われるから、本人に効果が生じない。履行請求権自体は、無権代理人の履行責任(§117 I)の枠組みで述べなければならない。

【Y1番枠】

ここで相手方の過失の問題をYが主張したとすると、過失の有無、または重過失の問題等が出てくるが、表見代理についての論ずるところがなくなってしまう。いわば「ロースかつ」の脂身が取り除かれた状態だ。「ヒレかつ」派にはわからない譬えだろうが、「ロースかつ」派には理解されよう。

表見代理については2つの論点が判決理由から出てくる。ⓐ判決理由中「無権代理人の責任をもつて表見代理が成立しない場合における補充的な責任…の制度」という記述がある。無権代理制度が「表見代理によっては保護を受けることのできない相手方を救済するための制度」であるならば、相手方は表見代理を優先的に主張しなければならず、無権代理は補充的にしか主張できないのか、ⓑ相手方が無権代理を主張してきた場合の抗弁として、代理人が表見代理を主張できるかの2点である。ⓐは抽象的な法条競合の問題であり、ⓑは具体的な抗弁の問題である。民骨さんとしてはⓑを先に論じると、ⓐを論じる意味がないような気がするので、ⓐを先にここで触れることにする。

ちなみに無権代理人の責任要件として「本人が追認をなさず、また表見代理とならないこと」を挙げる体系書もあるが(我妻・講義I、381頁)、このⓐの主張の背景にあろう。

【X2番枠】

ⓐの法条競合について、判決理由中Xに有利な部分として、「両者(表見代理制度と無権代理制度)は、互いに独立した制度である」がある。

我が国の裁判では法条競合の場合に、どちらを主張するかは、主張者の自由である、とすることが原則とされる。ここでもこの原則が確認される。

【Y2番枠】

ⓑの論点は、抗弁として、代理人が表見代理を主張できるかである。なぜ抗弁として機能するとYが考えたかについて、「はじめに」にあるように、有権代理に準じた表見代理の性質を主張することが必要になろう。ここが今回の解析のミソである。

【X3番枠】

これについては判決理由中「表見代理は…相手方保護のための制度であ(り)、無権代理人が表見代理の成立…を主張…して自已の責任を免れることは、制度本来の趣旨に反する」が対応するだろう。すると冒頭で述べた司法研修所の見解を明確に否定したことになる。

【Y3番枠】

表見代理についての論点は悉く失敗したYとしては、ここから無権代理について相手方Xを攻撃することになる。判決理由中「過失」(現§117 II②)が「重大な過失」であるのか否かの議論が展開されるが、いきなりその議論に入る前に、YからXの過失を問う必要があろう。

【X4番枠】

Xが「過失」(§117 II②)を条文の文言にない「重大な過失」に限定するということは、唐突な感じがする。実は原審判決理由中、この「過失」を「相手方を保護することが、却つて信義則ないし公平の原理に反することになる場合、すなわち、相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合を指す」と判示されていた。そしてXに重大な過失がないから、Yは免責されないとしていた。理由は原審判決理由から引用する。

【Y4番枠】

判決理由中、「『過失』は重大な過失に限定されるべきものではない」としているので明らかである。その理由は「無権代理人に無過失責任という重い責任を負わせたところから、相手方において代理権のないことを知っていたとき若しくはこれを知らなかったことにつき過失があるときは、同条の保護に値しないものとして、無権代理人の免責を認めた」ことである。バランス論である。

【X5番枠】

なお本判例は平成29年改正法以前のものであるので、現行の§117 II②の但書きが問題となりうるのでカッコで付しておいた。しかしYは、常にBの代理人であると信じて行動していたと推察される。この部分はオマケである。

解析結果

Xの主張

Yの主張

無権代理【§117I】による保証債務履行請求

① Yが締結したXとの連帯保証契約【§446】

(1)  主たる債務の発生

(A社を借主とするXとの金銭消費貸借契約)

(2)  YがXとの間で書面による保証契約を締結した

(3)  約款による期限の利益喪失(C会社支払停止)

② 顕名(YがAのためにすることを示す)

③ Aの代理権をYが証明していない

⇒無権代理人Yの履行請求

無権代理制度=表見代理制度の補充的制度

∴まず表見代理による本人への責任追及せよ

表見代理制度と無権代理制度=互いに独立した制度

無権代理人責任要件と表見代理要件がともに存在する場合、無権代理責任か表見代理かを主張するのは相手方(X)の自由

表見代理【§109 I】

① Yが締結したXとの連帯保証契約【§446】

② YがAのためにすることを示す

③ 代理権授与表示(印鑑証明書・実印交付)

⇒ 表見代理が成立

∵表見代理≒有権代理

∴表見代理が成立→代理人の免責

無権代理人が表見代理の成立要件を主張立証して自己の免責を得ること制度趣旨に反する

∵表見代理=相手方保護の制度

≠無権代理人免責のための制度

代理権不存在についてのXの過失【§117II②】

① Yの代理権の不存在

② Xの①についての過失(連帯保証人となるBの保証意思を確認すべきなのにしていない

⇒Yの免責

「過失」(§117II②)

=相手方を保護することが却って信義則ないし、公平の原理に反することになる場合、即ち、相手方に悪意に近いほどの重大な過失がある場合

∴相手方Xに重過失なく、Y免責されない【原審判断】

(Xの担当者がI・II融資で保証意思確認それゆえIII・IV融資でも保証意思ありと軽信≠重過失)

無権代理人(Y)の無過失責任

=相手方(X)の保護

∴相手方(X)の代理権のないことについての悪意・有過失→相手方(X)の保護に値しない

∴「過失」(§117II②)、軽過失で十分

(§117 II ② 但

Y、自己に代理権がないことを知っている

⇒Y免責不可)

 

 

終わりに

表見代理と無権代理の関係、および無権代理における相手方の「過失」の意義など、いろいろと学ぶことが多い判例である。しかし「調理」の仕方を間違えると「ロースのないロースかつ」になりかねない。必ずしも判決理由に沿って判例解析を進めなければならないわけではない。そのことを気づかされる判例でもある。

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