最判平成04.12.10(平成元年(オ)第759号)

親族法

はじめに

法定代理人である親権者が本人である子を代理してする行為は、必ずしも本人に利益を与えるだけとは限らない。その場合、本人はどのようなことが主張できるか?

一つは、親権者がそれにより利益を得ているかもしれない場合は、利益相反行為として無権代理の追認拒絶により、自分に効果が及ばないようにすることができる。利益相反行為は客観的かつ形式的に判断されるが、どのようなものか?この点について、この判例は軽く処理して消極的に判断している。本当に客観的かつ形式的に利益相反行為がないといえるのか?

二つ目には、親権者が自己または第三者の利益を図る目的、いわゆる「代理権濫用目的」をもって代理行為をしたとして、これも無権代理の追認拒絶により、本人に効果が及ばないようにすることができる。本件では本人の利益のためではなく、第三者の利益を図る目的で本人所有土地に抵当権が設定されてしまった。これだけ見ると代理権濫用が認められそうだが、そうならなかった。何か他の考慮要素が働いたのか?

難しい論点を含む重要判例である。大いに学んでもらいたい。

出典

民集第46巻9号2727、LEX/DB:27814101

百選III(第2版)049事件 百選III(第3版)051事件

百選I(第6版)026事件

当事者関係

人物関係は、調査官解説(法曹時報45巻12号)を基本に名称を配分した。人物関係は、家族関係図(X、A、C、E、F)と、代理関係(X、A、B、Y、D)と分けて作成した方が理解しやすいと思う。

X:抵当権目的物(本件土地)所有者、当時未成年者

B社の物上保証人(被担保債権:YのBに対して保証委託取引に基づき(Y保証債務履行後に)取得する将来の債権)、(原告、控訴人、被上告人)

Y:抵当権者、信用保証協会、B社のD銀行に対する債務の保証人(被告、被控訴人、上告人)

A:Xの母、Xの親権者=法定代理人

B社:C代表の会社、D銀行の主たる債務者、Yとの保証委託取引に基づく(Y保証債務履行後に発生する)債務

C;B社代表、Xの亡父Eの弟

D銀行:債権者、B社:債務者、

E:Xの父

F:Xの祖父

時系列表

S.51.06.09 Xの祖父F死亡
S.51.09.03 Xの父E死亡
遺産分割協議

・本件土地、Fの住居・敷地をXが取得

・賃貸中の集合住宅及・敷地をAが取得

C,Aの依頼を受けて、右協議に基づく各登記手続を代行し、Aが取得した右集合住宅の管理をするなど、諸事にわたりAXら母子の面倒をみる✡
S.58.10.31 A、Xの親権者として、X所有土地にB社(C代表)のために根抵当権設定を承諾

被担保債権:YがBに対して取得する債権(←YB間の保証委託取引)

極度額:4000万円

S.56.11.09 C、Aを代行して、債権極度額を3000万円とする根抵当権設定契約証書作成し、根抵当権設定登記手続
S.58.11.11 B社、D銀行から2500万円仮受け。使途目的=B社の事業資金≠Xの利益のための使用

XY間に利害関係なし

Y, 「使途目的=B社の事業資金≠Xの利益のための使用」を知っていた

S.59.02.22 C、Xの親権者としてのAの承諾に基づき、Aを代行して、債権極度額を3000万円から4500万円に変更する根抵当権変更契約証書を作成し、根抵当権変更の付記登記手続
S.59.0225 B社、D銀行から1500万円仮受け。使途目的=B社の事業資金≠Xの利益のための使用

XY間に利害関係なし

Y, 「使途目的=B社の事業資金≠Xの利益のための使用」を知っていた

抵当権について蛇足を加える。信用保証協会が保証債務を履行した場合に、求償権が発生する(§459)。または弁済による代位により、主たる債務者に債権者の権利が行使できる(§499)。それらの権利を担保するために、債務者または物上保証人所有不動産に抵当権を設定することがある。前者を「求償権担保」ということもある。時系列表からすると§499に近い権利の担保を目的としたものと推測できる。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「根抵当権等抹消登記手続請求事件」であるので、Xが本件土地についての所有権に基づいてY名義の登記の抹消を求めていることは、理解できる。所有権に基づく請求権であるから、具体的に物権的請求権を明らかにしなければならない。Xは占有を奪われていないので、登記抹消請求権は妨害排除請求権としての性格を有することになる。

訴訟物:XのYに対する本件土地所有権に基づく妨害排除請求権としての根抵当権設定登記抹消登記請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、本件土地について、根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ」

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄差戻し」であるので、「Xの請求棄却?」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

二 原審は、右事実関係の下において、AがXの親権者として本件各契約を締結した行為は、専ら第三者であるB社の利益を図るものであって、親権の濫用に当たるところ、Yは、本件各契約の締結に際し、右濫用の事実を知っていたのであるから、民法93条ただし書の規定を類推適用して[現:民法107条により]、Xには本件各契約の効果は及ばないと判断して、Xの請求を理由があるとした。

三 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 親権者は、原則として、子の財産上の地位に変動を及ぼす一切の法律行為につき子を代理する権限を有する(民法824条)ところ、親権者が右権限を濫用して法律行為をした場合において、その行為の相手方が右濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは、民法93条ただし書の規定を類推適用して[現:民法107条により]、その行為の効果は子には及ばないと解するのが相当である(最高裁昭和39年(オ)第1025号同42年4月20日第一小法廷判決・民集21巻3号697頁参照)。

2 しかし、親権者が子を代理してする法律行為は親権者と子との利益相反行為に当たらない限り、それをするか否かは子のために親権を行使する親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮してする広範な裁量にゆだねられているものとみるべきである。そして、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は、利益相反行為に当たらないものであるから、それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、親権者による代理権の濫用に当たると解することはできないものというべきである。したがって、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為について、それが子自身に経済的利益をもたらすものでないことから直ちに第三者の利益のみを図るものとして親権者による代理権の濫用に当たると解するのは相当でない

3 そうすると、前記一1の事実の存する本件において、右特段の事情の存在について検討することなく、同一5の事実★のみから、AがXの親権者として本件各契約を締結した行為を代理権の濫用に当たるとした原審の判断には、民法824条の解釈適用を誤った違法があるものというべきであり、右違法が判決に影響することは明らかである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する本件土地所有権に基づく妨害排除請求権としての根抵当権設定登記抹消登記請求権」であるから、① Xが本件土地所有者であることと、②妨害の事実としての、Y名義の根抵当権設定登記があることを定石として言う。

【Y1番枠】

(根)抵当権抹消登記請求に対しては、一般に「登記保持権原の抗弁」が主張される。つまり(根)抵当権設定登記が附的な正当な理由を有することである。

登記保持権原の抗弁の(根)抵当権設定契約締結については、注意しなければならない。実際に契約締結しているのはCである。厳密にいうと親権者(=法定代理人)の「Aを代行して」とあるので、CはXの復代理人ということになる。法定代理人Aが「自己の責任で」であるが、自由に復代理人を選任できる(§105)。当然復代理人CはXの代理人ということになる(§106)。しかし本件では、判決理由と同様に親権者Aの代理行為として扱っていく。

【X2番枠】

判決理由中に、軽く利益相反について言及があるので、ここで扱っておくことにする。

  • 826 Iで親権者と子との利益が相反して、特別代理人の選任なく、なされた行為は無権代理行為である[最判昭46.4.20(昭和45年(オ)1150号)]。平成29年改正法による現行法§108 IIでも、利益相反行為の効果は無権代理行為である。

次の【Y2番枠】との関連からすると、Xとしては自己所有土地に抵当権が設定されることがXの不利益である、という一事で利益相反を主張したものと扱っていく。

【Y2番枠】

しかし利益相反行為となるためには、代理人Aが利益を得ていることが必要である。つまり「代理人の利益なくして利益相反無し」の原則である。X所有の土地に抵当権が設定されることはXの不利益であるが、それによってAが直接利益を得ているわけではない。そうするとAが根抵当権設定契約で利益(例えばYから融資を受ける等)を得ていないので、利益相反性はない。利益相反関係は、形式的に判断されるので、「代理人の利益=本人の不利益」という形式に該当しなければならない。単に本人が不利益を被る代理行為をしたという一事だけでは、利益相反行為とならないことに注意しよう。

【X3番枠】

そこで主題となる代理権濫用をXに主張させよう。平成29年改正法により§107が規定された。それまでは判示されているように、「民法93条ただし書き類推適用」が用いられた。現行法の§93 I但の類推適用である。要件となる「表意者の真意≠表意者の表示内容」を「代理人の自己等の利益を図る意図≠本人の利益を図る行為」が類似しているとするのだがかなり苦しく、学説等でも批判が絶えなかった。今回は現行法の§107で処理していこう。

要件④の代理権濫用目的であるが、ここでは「第三者の利益を図る目的」であり、具体的にはB社(C)の利益を図る目的となる。そしてこれを相手方が知っている、ということについては、時系列表の★のところが示している。つまりB社(C)がD銀行からの融資を受けられるという利益を図る目的でなされていることを、Yが知っていたということである。

【Y3番枠】

これに対して差戻し理由を見て、Xに有利な部分を除いて抽出すると「親権者が子を代理してする法律行為は、…(中略)…子のために親権を行使する親権者が子をめぐる諸般の事情を考慮してする広範な裁量にゆだねられているものとみるべきである。そして、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は、…(中略)…親権者による代理権の濫用に当たると解することはできない」となる。諸般の事情は時系列表の✡であろうか。ここをまとめることになる。

また、同段落に「不動産を第三者の債務の担保に供する行為について、それが子自身に経済的利益をもたらすものでないことから直ちに第三者の利益のみを図るものとして親権者による代理権の濫用に当たると解するのは相当でない」とある。この部分は消極的(否定的)で積極的な意味を持たないが、挙げておいたらよいだろう。

【X4番枠】

【Y3番枠】で除かれたXに有利な部分を拾っていくと「親権者と子との利益相反行為(に当たらない限り)、…(中略)…(そして、親権者が子を代理して子の所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は、利益相反行為に当たらない)」がある。この論点は【X2番枠】と【Y2番枠】で処理したので、ここでは扱わない。そして「それが子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、親権者による代理権の濫用に当たると解することはできない」とある。つまり「特段の事情が存する場合、親権者による代理権の濫用に当たると解する」とX側としてはいいかえることができる。この「特段の事情」をここで登場させることにする。

解析結果

Xの主張 Yの主張
妨害排除請求権としての根抵当権設定登記抹消登記請求権

① Xが本件土地を所有している

② 本件土地についてのY名義の根抵当権設定登記

 

 

 

 

 

 

登記保持権限の抗弁 『考え方』134

① 被担保債権の存在

保証債務履行後にYがBに対して取得する債権§499)

② XY間の根抵当権設定契約

⑴ AY間の根抵当権設定契約【§398ノ2】

⑵ Aの顕名(Xのためにすることを示す)

⑶ Aに⑴をする代理権あり【§824】

③ ②当時Xが本件土地を所有

④ 登記が①の契約に基づくこと

【§§826Ⅰ・108 II】

① AY間の根抵当権設定契約【§398ノ2】

② Aの顕名(Xのためにすることを示す)

③ Aに⑴をする代理権あり【§824】

④ ①=利益相反行為(Xに不利益を及ぼす)

⑤ ①をする特別代理人なし

⇒ ①=無権代理行為

(→Xの追認拒絶=Xに効力不発生)

 

 

Xに不利であってもAの利益と直接結びつかない

∴利益相反ではない

① Xの不利益:Xの不動産への担保権設定

② Aの利益:なし

(第三者Dの利益をのみを図るが、それによる利益はない)

代理権濫用【§107】★

① Aの法律行為

② 顕名

③ Aに①の代理権あり【§ 824】

④ 代理権濫用目的

第三者B社(C)の利益を図る目的

⑤ ④を相手方Yが知っている

 

 

代理権の濫用に当たらない

・親権の行使は子[X]をめぐる諸般の事情✡を考慮してする広範な裁量に委ねられている

・第三者の債務のための抵当権設定行為が、子[X]自身に経済的不利益をもたらすこと一事からだけで決しない

(特段の事情=法の趣旨に著しく反すると認められる事情

子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的とすること等)

終わりに

代理権濫用は、代理人が、自己or第三者の利益を図る目的で、代理権の範囲内の行為を行った場合である。その目的自体は、いわば「動機」であるので、法律上重要でない、ということになる。しかしこの結果は適切でないので、判例は以前、判決理由中にあるように、§93 但(現§93 I 但)の類推適用で処理していた。「意思(真意)≠表示」という要件を「自己or第三者の利益を図る目的≠本人の利益を図る行為」は充足しないが類似する、ということで類推適用していた。類推適用は「こじつけ」であるが、この「こじつけ」自体と、また効果が、無権代理の効果よるも強烈な無効であったこと等が強い批判の対象となっていた。平成29年改正法により、§107が新設され、「自己or第三者の利益を図る目的」、つまり代理権濫用目的を要件とし、それについて相手方の悪意or有過失の場合に、代理権濫用行為は「無権代理」とみなすようになった。したがって今後は§107による処理をすべきであるので、民骨さんもそれに従った。

親族法での利益相反行為は§826に規定されているが、同法に違反してなされた利益相反行為の効果については、規定がない。判例は「利益相反する行為に当るから、子[本人]に対しては無効である」(最判昭和37.10.02(昭和34年(オ)第1128号)とする。これは無権代理行為を追認拒絶した子[本人]に対して「無効」と理解すべきであろう。このような判例を反映して平成29年改正法で新たに§108 IIが規定され、明確に「代理権を有さない者がした行為」つまり無権代理行為であることを効果として規定するに至った。ここも現行法に従って処理した。代理人が関係する利益相反の場合「代理人の利益なくして利益相反無し」の原則を確認すべきであろう。

本件では第三者B社の代表Cが日頃から、AX親子の世話をしていたという事実✡が判断に大きく影響したように思われる。親権者の法定代理行為において代理権濫用目的を判断する際に、ただ「第三者の利益を図る目的」だけでなく「諸般の事情」を考慮しなければならないことが判示されている。またそれに対して本人側は主張できる「特段の事情」の可能性も併せて示している。この「特段の事情」の有無を判断させるために、差し戻されたのである。この辺りの判断過程は大いに学ぶ価値があろう。

代理行為において、本人に不利益をもたらす行為を代理人がした場合、「利益相反」であると主張されることがある。本人の気持ちが分からない訳ではないが、それは早計である。一般に「利益相反行為」は、客観的で形式であるといわれる。それは「代理人の利益=本人の不利益」となる場合であり、この場合に限定される。すると代理人の行為が「本人の不利益」であっても、代理人が利益を得ていない場合、さらには代理人も同様に不利益を被る場合には、代理人が利益を得ていない以上、利益相反行為とはならない。つまり本人が不利益を被る代理行為を、本人が不利益を被る、という一事で「利益相反行為」としてはならない、ということに注意されたい。

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