最判昭和42.07.21(昭和40年(オ)1270号)

総則

はじめに

時効制度、特に取得時効の制度趣旨として、「権利に眠る者を保護しない」制度とか、「長期間の事実状態を是認する」制度とか説明されることがある。そうすると、被害者たる本来の権利者を「権利に眠る者」として非難するのは場合によっては酷であり、不法状態の継続を推奨しかねない。明らかに他人の所有権を侵害する目的で不動産を占有していた者に、時効取得を認めることに、裁判官は心理的抵抗を感じるということを聞いたことがある。取得時効は無権利者に権利取得を認める制度ではない。この判例では「取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度である」と言明している。さらに最判昭和44.12.18(昭和40年(オ)353号)でも「事実状態を権利関係にまで高めようとする」のが取得時効であると言われている。いずれも取得時効に関してのものであるが、一般化して「時効制度は事実状態を、一定の場合に、権利関係(or法律関係)にまで高めようとする制度である」とも言うことができ、非常に名言であると思う。

この判例は、不動産の二重譲渡が問題となっている。ここで、占有という事実状態は権利関係にまで高まったか? 1・2審でXの請求が認容されていて最高裁で原審(2審)判決が破棄され原審に差戻されているのはなぜなのだろうか?いろいろと勉強しがいがある判例である。

出典

昭和40年(オ)第1265号、LEX/DB27001058

当事者関係

X:本件建物競落人(原告、被控訴人、被上告人)

Y:本件建物占有者(被告、控訴人、上告人)本件建物で食糧品の卸しを営業。

A:本件建物元所有者、本件建物への抵当権設定者、Yの兄

時系列表

S.26.5.15 Aが他人に賃貸していた本件建物が空いたので、Y移り住む
S.27.11. A、Yに本件建物と敷地を「分家料」として贈与、未登記
A、Yに無断で本件建物に抵当権設定
S.37.09.12 X、本件家屋競落(10.29所有権登記了)
S.37.11 時効期間満了
XからYへの本件家屋を競落により所有権を得たから空けよとの申入れ

Yの兄Aが、Yに贈与した本件建物に抵当権を設定した事情は不詳である。おそらくYが登記を了していないことを奇貨としたのだろう。またXからYへの申入れは、時効完成を猶予する催告と評価できるが、完成猶予や更新について何も言及がないことから、おそらく時効完成後の催告なのだろうと推測できる。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「家屋明渡請求事件」である。Xは本件建物の競落人であることから、当然本件建物の所有権が自己にあると思って訴えを提起したのだろう。また物権的請求権の種類はどうだろうか。この場合、Xは本件建物の占有を奪われているので返還請求権が該当する。妨害排除請求権との差異は占有が奪われているか否かであることを、何度も確認しておこう。

訴訟物:XのYに対する本件建物所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、本件建物を明け渡せ」

判旨

Yの上告に対して判旨は「破棄差戻」であるので、「Xの請求棄却?」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

原判決は、Yが昭和27年11月Aから本件家屋の贈与を受けた事実を確定したうえ、所有権について取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するという見解のもとに、Yが時効によつて本件家屋の所有権を取得した旨のYの抗弁に対し、Yは自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地はない旨説示して、右抗弁を排斥している。

しかし、民法162条所定の占有者には、権利なくして占有をした者のほか、所有権に基づいて占有をした者をも包含するものと解するのを相当とする(大審院昭和8年(オ)第2301号同9年5月28日判決、民集13巻857頁参照)。すなわち、所有権に基づいて不動産を占有する者についても、民法162条の適用があるものと解すべきである。

けだし、取得時効は、当該物件を永続して占有するという事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度であるから、所有権に基づいて不動産を永く占有する者であっても、その登記を経由していない等のために所有権取得の立証が困難であったり、または所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合において、取得時効による権利取得を主張できると解することが制度本来の趣旨に合致するものというべきであり、民法162条が時効取得の対象物を他人の物としたのは、通常の場合において、自己の物について取得時効を援用することは無意味であるからにほかならないのであつて、同条は、自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではないからである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する本件建物所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権」であるから、根拠条文は§206でよい。所有権に基づく返還請求権として主張すべきであるのは、① Xが本件建物所有者であることと、② Yに占有を奪われていることの2点である。①は、Xが本件建物を競落したことを言うことになる。②も争いのない事実である。これだけだとXの請求は認容されてしまう。

【Y1番枠】

いきなり時効取得をここで持ち出そうとするかもしれないが、それはやや軽率である。その前にYは、本件建物が兄Aから贈与されたことを主張し、自分が所有者であることを主張することが必要である。これを主張しないと、後の論点(【X3番枠】)に結びつくことになる、重要な伏線である。また判決理由中、「所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合」との文言を活かすためにも、ここで所有権の取得に言及すべきである。

【X2番枠】

そうすると、競落の効果によりAから競落人Xへの直接の譲渡ということから、Aを起点としたX・Yへの二重譲渡の関係となる。その場合にXは§177を主張することになる。§177の適用も確認しておこう。条文通りのいわゆる「表の§177」で十分である。

【Y2番枠】

自己の本件建物所有権をXに対抗できないならば、最終手段としてYに残されたのが、時効取得である。§162の要件を民骨さんは、① 起算点、② 時効期間:20年(or 10年)の物の占有、③ 他人の物、④ 所有の意思、⑤ 平穏公然、(⑥ 占有開始時(①)での善意無過失[§162 II])の5(6)点をあげる。そうすると、④、⑤は§ 186 Iにより推定されるから、解析不要であると指摘する人がいる。要件事実的には正しい。しかし条文とその要件を最重視する法適用学では、要件を充たす事実[=要件事実]があればそれを積極的に評価する。もしもそのような要件事実がない場合に、初めて§186 Iの推定規定が活きるとすべきであると民骨さんは考える。ここでは④⑤を充たす要件事実は明白にある。

起算点を丁寧に扱う必要がある。「神は細部に宿る」。

【X3番枠】

法適用学的に判例解析を進めると、当事者の主張中、イヤラシイ主張がある。ここでは形式的には、§162 IIの要件中「③ 他人の物」という要件を満たさないことである。どうしてイヤラシイかというと、【Y1番枠】での伏線が活きてくるからである。そこでは、Yは本件建物の所有権を主張しており、そこをXが突いてきたからである。実は1・2審ともXのこの弁論が成功して、請求が認容された。このことからも、イヤラシサは感じ取れようか。

【Y3番枠】

普通は自己物について、時効取得を主張することは無意味である。法的紛争が生じないからである。しかしY以外に所有権を主張するXが登場し、そのXにYが自己の所有権を対抗できない。正に判決理由中にあるように「所有権の取得を第三者に対抗することができない等の場合」に該当する。それでもYは時効取得を主張しなければならない。このような状況下で§162は「自己物」への時効取得を禁じているのだろうか。もしも禁じていなければ例外的に自己物の時効取得が認められてもよいことを主張しなければならない。

解析結果

 

Xの主張

Yの主張

Xの所有権【§206】

① Xは本件建物を所有している

S.37.09に競落した

② Yが本件建物を占有している

Y、Aから本件建物の贈与を受ける()
§177

① 不動産(本件建物)

② 物権の得喪変更(AからYへの所有権移転)

③ Yに②の登記なし

⇒ 第三者Xに②の対抗不可

時効取得【§162Ⅱ】+援用権行使【§145】

① 起算点:S.27.11、簡易の引渡【§182Ⅱ】

② ①時から10年の物の占有

③他人の物

④ 所有の意思(Aとの贈与契約)

⑤ 平穏公然(Aからの平穏な引渡し、現地での営業)

⑥ 起算点①で善意・無過失

§162の要件不充足

¬③ 自己物の占有

§162が時効取得の対象物を他人の物とした理由

通常の場合⇒自己の物について取得時効を援用することは無意味

but自己の物について取得時効の援用を許さない趣旨ではない

∴自己の物についての取得時効の援用が有用な場合

・所有権取得の立証が困難な場合

・所有権の取得を第三者に対抗できない場合(本件)

終わりに

1・2審でXの請求が認容されたのは、Yが時効取得する際に、要件「③ 他人の物(の占有)」を形式的に充足していなかったからである。しかし自己物の占有でも時効取得が認められるということになれば、Xの請求が棄却されることになろう。

この問題は最判昭和46.11.05(昭和42年(オ)468号)でも蒸し返されている。そこでは二重譲渡をどのように考えるべきかが、より明確に示されている。そこでの議論を参考にすると、所有権はXが登記を了した時点で確定的にAからXへ移転したことになり、Yは占有当初から無権利者であると扱っている。そうであるならば、【X3番枠】のような主張は意味がないことになる。それ故この判例の意義は弱いかもしれない。

それでも「はじめに」で紹介した「取得時効は、‥事実状態を、一定の場合に、権利関係にまで高めようとする制度である」は名言である。記憶すべきであろう。

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