最判昭和29.08.20(昭和26年(オ)107号)

総則

はじめに

94 IIの類推適用は、「第三者保護法理」として教科書等で喧伝されるところである。しかし一体、類推適用とは何なのか、また同条の直接適用とどう違うのか、という点について明確に答えられるだろうか?単なるバランス論(「比較考量論」)なのか?もしもバランス論ならば、天秤の支点の位置をずらすと、どのようにでも結論が変わる。民骨さんはバランス論を原則として採用しない。それならば法的三段論法を基礎とする民法適用学ならば、この問題をどう取り組むのか?

この判例は§94 IIの類推適用が最高裁判所で最初に認められた事例である。直接適用の関係を今回は丁寧に扱うが、今後はこの論点は簡単に処理することにする。

出典

民集第8巻8号1505頁、LEX/DB27003141

当事者関係

X:本件建物所有者、Aの妻(原告、控訴人、被上告人)

Y1:本件建物所有移転登記名義人、Aの「妾」(Xが認めたAの愛人)(被告、被控訴人、上告人)

Y2:本件建物転得者(被告、被控訴人、被上告人)

A:Xの夫・婿養子、Y1の「旦那」(妻XがY1との愛人関係を認める)

B:本件建物元所有者

時系列表

S.20頃 A、Y1から商売するために本件建物を買うように頼まれる
A、Xに相談;「Xの資金で買い受ける、Y1に使用貸する、料理店舗に改装の上Y1に経営させる」
AとY1、便宜上所有権移転登記をY1名義とすることを協議
S.20.11頃 B→X(Y1代理)本件建物売買契約(1万3500円)、「B→Y1」所有権移転登記

X、本件建物を使用してY1に料理店を経営させる

S.20.12.23

 

X、Y1(準)消費貸借契約;債権額1万3500円・弁済期S.23.05.31

特約:弁済期日の債務不履行→本件建物所有権はXに移転する

S.23.02末頃 Y1、Aとの妾関係を断つ

XがY1に本件家屋を15万円または30万円で売却する話がでるが、売買契約締結に至らない

S.24.07.16 Y1→Y2転売買契約、Y1→Y2所有権移転登記了

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「建物所有権移転登記手続等請求事件」であるので、XがYらに求めたのはXへの所有権移転登記手続きである。Yらの名義、特にY2の名義の登記があることからXの所有権権能(使用・収益・処分§206)のうち、Xの処分権能が妨害されているので、物権的請求権の種類は妨害排除請求権となる。

ただし厳密にいうとY1に対しては所有権移転登記抹消登記手続請求権であり、Y2に対しては、所有権移転登記手続請求権となる。もしもY2への請求権が抹消登記手続請求権であって、それが認容された場合、所有権移転登記がY2からY1へ戻るだけになってしまうからである。

 

訴訟物:XのY1、Y2に対する本件建物所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記手続請求権

請求の趣旨:「Y1Y2はXに対し、本件建物の所有権移転登記を抹消せよ」

判旨

Yの上告に対して判旨は、Yの上告理由を容れての「破棄差戻し」であるので、「Xの請求棄却?」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

原判決の確定した事実によると、Xは、Aの懇請により、Bが当時所有していた本件家屋を自ら買受けた上Aの妾であるY1に使用させることにし、右買受代金にあてるため金1万3500円をAに渡したところ、Aはこの金をY1に渡し、Y1はこれをBに支払ってXのため本件家屋を買受けたが、Aと協議して便宜同上告人名義に所有権移転登記を受けたもので、本件家屋の買受人はXにほかならず、Y1は単にXから無償でこれを借受け使用していたものにすぎないというのである。

ところで、右の場合、本件家屋を買受人でないY1名義に所有権移転登記したことが、Xの意思にもとずくものならば、実質においては、XがBから一旦所有権移転登記を受けた後、所有権移転の意思がないに拘らず、Y1と通謀して虚偽仮装の所有権移転登記をした場合と何等えらぶところがないわけであるから、民法94条2項を類推し、XはY1が実体上所有権を取得しなかったことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解するのを相当とする。

されば、原審が、Y1名義に所有権移転登記を受けるにつき、Y1とA間に協議のあった事実を確定したに止まり、Xがこれに承認を与えたかどうか及びY2の善意悪意につき何等事実を確定することなく、たやすくY2に対するXの本訴請求を認容したのは、審理をつくさない違法があるものといわなければならない。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYらに対する所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記手続請求権」であるから、「訴訟物・請求の趣旨」のところで述べたように根拠条文は§206となる。そこでいうべきであるのは、先ずXが自ら所有者であることを言わなければならない。これは元所有者BとXとの売買契約(S.20.11頃)によって所有権がXに移転したことになる(§176)。

【Y1番枠】

ここでいきなり、Yらが§94 IIを主張するのは、自分らが無権利者であることを自白するようなものであり、悪手といえよう。ひとまず、自分らが正当な権利者であることを主張することになろう。

【X2番枠】

これに対してXは、Y1(さらにY2)が無権利者であることを主張せねばならない。

【Y2番枠】

1審や原審でもY1は自らがBとの売買契約の当事者であることを主張している。またXが所有権をBから譲り受けたと主張するならば、§177により第三者のYらに対抗できないということが1審で主張されている。次の枠と同様些末になるので省略してもよい。

【X3番枠】

177で登記欠缺を主張されたが、Y1(及びY2)が無権利者であるならば、Xの登記欠缺を主張する正当な利益がないとも言わねばならないだろう。この枠も省略してもよい。

【Y3番枠】

Y1が無権利者であっても、Y2にそれをXが対抗できない条文として、§94 IIを挙げる。

【X4番枠】

Yが挙げた§94 IIが本件で直接適用ができないことを論じる。具体的には①真実の所有者Xの意思表示が存在しないこと、そして③ XとY1間に通謀がないことが直接適用できない理由となる。

【Y4番枠】

直接適用ができない場面で、初めて類推適用が主張できる。「類推」の「類」は「類似」の「類」である。そこで欠缺する①と③の要件事実に類似する①’と③’の事実があることを主張しなければならない。日常会話的に言うならば、「こじつけ」、「牽強付会」が類推適用の技術である。①意思表示はないが、①’意思表示に類したものとしての登記がある。これだけだと、不十分だと民骨さんは思う。意思表示と登記の類似性が出てないからである。そこで登記が意思表示の結果を公示する点で、意思表示に類似するとしたらどうであろうか。この類推の技術は、秘中の秘らしく、判例には具体的には現れてこない。もちろん各種教科書類にもない。また③X・Y1間に通謀も存在しないが、③’通謀に類するもの、すなわち通謀と同一視できるXの帰責性というように民骨さんはとらえている。具体的には、Xが虚偽の外観作出、Y1への所有権移転登記を認めた事実を指摘すべきだろう。本件では「買受人でないY1名義に所有権移転登記したことが、Xの意思にもとずく」ことになろうか。

94 IIの類推適用が認められる結果、直接適用と同じ効果が認められることになる。

解析結果

Xの主張 Yの主張
妨害排除請求(所有権移転登記手続請求)

① X=本件建物所有者

⑴ B=本件建物を元所有

⑵ BのXへの譲渡の意思表示(売買契約)【§176】

② 本件建物につきY1、Y2名義の所有権移転登記の存在

Y1、Y2=所有者

① B=本件建物元所有者

② B→Y1譲渡(売買契約)

③ Y1→Y2譲渡(売買契約)

 

Y1(・Y2)=無権利者≠所有者

Bとの売買契約当事者=X(買主)

【§177】

① 不動産

② 物権変動(B→X所有権移転)

③ Xに登記なし

⇒第三者Y1・Y2に②の対抗不可

 Y1・Y2=無権利者

∴Xに対して登記欠缺を主張する正当な利益なし

§94 II

① 意思表示(X→Y1譲渡)

② 意思≠表示

③ X・Y1の通謀

④ Y2の善意

⇒X、Y2に対して①の無効を対抗できない

§94 IIの直接適用不可

¬① 意思表示

¬③ X・Y1の通謀

§94 IIの類推適用

①’ 意思表示の結果を公示する登記の存在

(Y1所有名義の登記)

② 真実(X所有)≠外観(Y1所有名義)

③’ 通謀と同一視できるXの帰責性

(Xが自らY1所有名義の登記という外観作出に関与)

④ Y2善意

⇒ XはY2に対して①’の無効対抗不可

終わりに

法的三段論法をしっかりと習得していないと、直接適用と類推適用の違いが理解できないであろう。法的三段論法については「基礎理論(その6)」を参照されたい。類推適用は牽強付会をどれだけ説得力あるものにするかに勝敗がかかってくる。今後の§94 II類推適用の判例では、直接適用ができないことについての言及を少な目にするが、それは直接適用ができないことを軽視するものではない。

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