最判昭和44.12.18(昭和43年(オ)971号)

家族法

はじめに

法定代理権は§§824、859 I等の規定により発生する代理権である。§761は柱書きに「日常家事に関する債務の連帯責任」とあって、「代理権」について言及ないが、これも一種の法定代理権として「日常家事代理権」と呼ばれている。一方配偶者が他方配偶者を代理することが認めみとめられることになる。すると「日常家事代理権」が§110の基本代理権となると、一方配偶者が他方配偶者の日常家事代理権の範囲を超えて代理行為した場合でも、他方配偶者が責任を負わなければならなくなるだろう。そうすると夫婦の財産権の独立§762 Iが空文となってしまう。日常家事代理権を超えた代理行為を一方配偶者がした場合、その法律効果はどうなるのだろうか?

出典

民集第23巻12号2476頁、LEX/DB27000753

百選III(第2版)009事件

百選I(第4版)0XX事件

 

当事者関係

X:妻(原告、被控訴人、被上告人)
Y:相手方(控訴人、上告人)、D商店主宰
A:Xの元夫、B商店主崔
B:A主宰の商店
D:Y主宰の商会

時系列表

必ずしも、日時がすべて明らかではないが、1・2審から読み取れる部分で作成してみた。

S.24. X、本件土地(2筆)取得・建物建築(S.29.10、S.29.10、S.29.12登記了)
XA婚姻
S.37.03 夫A主宰のB商店倒産
S.37.04.02 「X→D」売買契約(S.37.04.12登記了)

Xの代理人=A

S.39.06 X、Aと離婚
D→Yの登記?

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件」である。当然Xが土地建物所有権に基づいて請求することになる。登記抹消手続請求するという物権的請求権の種類は、「使用、収益及び処分」のうち処分権原が妨害されているので、妨害排除請求権となる。
訴訟物:XのYに対するXの土地建物所有権に基づく妨害排除請求権としての土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求権
請求の趣旨:「YはXに対し、所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ」

判旨

Yの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求認容」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

民法761条は、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによつて生じた債務について、連帯してその責に任ずる。」として、その明文上は、単に夫婦の日常の家事に関する法律行為の効果、とくにその責任のみについて規定しているにすぎないけれども、同条は、その実質においては、さらに、右のような効果の生じる前提として、夫婦は相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解するのが相当である。
そして、民法761条にいう日常の家事に関する法律行為とは、個々の夫婦がそれぞれの共同生活を営むうえにおいて通常必要な法律行為を指すものであるから、その具体的な範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入等によつて異なり、また、その夫婦の共同生活の存する地域社会の慣習によつても異なるというべきであるが、他方、問題になる具体的な法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属するか否かを決するにあたつては、同条が夫婦の一方と取引関係に立つ第三者の保護を目的とする規定であることに鑑み、単にその法律行為をした夫婦の共同生活の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも充分に考慮して判断すべきである。
しかしながら、その反面、夫婦の一方が右のような日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権の存在を基礎として広く一般的に民法110条所定の表見代理の成立を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあつて、相当でないから、夫婦の一方が他の一方に対しその他の何らかの代理権を授与していない以上、当該越権行為の相手方である第三者においてその行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法110条の趣旨を類推適用して、その第三者の保護をはかれば足りるものと解するのが相当である。
したがつて、民法761条および110条の規定の解釈に関して以上と同旨の見解に立つものと解される原審の判断は、正当である。
ところで、原審の確定した事実関係、とくに、本件売買契約の目的物はXの特有財産に属する土地、建物であり、しかも、その売買契約はYの主宰する訴外D商会が訴外Aの主宰する訴外B商店に対して有していた債権の回収をはかるために締結されたものであること、さらに、右売買契約締結の当時XはAに対し何らの代理権をも授与していなかつたこと等の事実関係は、原判決挙示の証拠関係および本件記録に照らして、首肯することができないわけではなく、
そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつたAとXとの日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方であるYにおいてその契約がXら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである。
してみれば、上告人の所論の表見代理の主張を排斥した原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対するXの土地建物所有権に基づく妨害排除請求権としての土地建物所有権移転登記抹消登記手続請求権」であるから、根拠条文は§206となる。そこでいうべきであるのは、Xが所有者であること、と「妨害排除請求権」であることから「妨害の事実」、すなわち、「本件土地建物にY名義の所有権移転登記があること」を述べることになる。

【Y1番枠】

Yとしては、「正常に」所有権が移転したことをいわねばなるまい。ここではXの代理人である元夫Aによって売買契約が締結された事実を主張することになる。この点は上告理由でもYはAに、本件土地建物についてのXの代理権があったと主張している。

【X2番枠】

それに対して、Xは【Y1番枠】での代理権をAに授与していないことを主張する。

【Y2番枠】

ここで使うとすると§761の日常家事代理権を持ち出すか。つまり、AにXの任意代理権でなくても、法定代理権があるということである。§761は代理構成になっていないので、それを変形する必要がある。夫婦の一方が日常家事をするのに常に「顕名」を要するとするのは現実的ではない。「顕名」の代わりにAとXが当時婚姻していたことを相手方Yが知っていることで充分であると民骨さんは考えるが、どうだろう。

【X3番枠】

そうすると、Xの不動産を売却することが日常家事ではないことを示して、§761が適用できないことを主張すべきだろう。

【Y3番枠】

ここで§110の表見代理の出番である。条文で「代理人がその権限外」とあるので、授与された代理人の権限(要件③、いわゆる「基本代理権」)を明らかにしなければならない。これが【Y2枠】で明らかにした「日常家事代理権」ということになる。

教科書的に、§110の要件は「ⓐ基本代理権、ⓑ代理権限外の行為、ⓒ相手方の善意無過失(順不同)」と条文にない言葉が多く用いられているが、民骨さんは、愚直に条文の言葉を大切にしたい。教科書がいう「善意」は「④ 第三者(相手方)が代理人の権限があると信」じることであり、「無過失」は「⑤ (④について)正当な理由がある」ということになる。

【X4番枠】

「日常家事代理権」が§110の代理が権限を有する代理権でないことを主張しなければならないが、これが認められると夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあることが判決理由中にあるから、これを利用する。

【Y4番枠】

§110は、代理人が一般に代理権の範囲を越えて相手方と法律行為をした場合について適用される。しかし日常家事代理権においては、§110の「③ ①以外の代理権(=基本代理権)≠日常家事代利権」であり、§110が直接適用できないとX4番枠で主張されている。
そこで一方配偶者の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて相手方と法律行為をした場合に限定して、問題を解決しようとするならば、やはり§110に依拠せざるをえない。そこで「§110の趣旨」ということになろうか。

「§110の趣旨の類推」は厄介な表現である。たいてい「~の類推」とあれば言うまでもなく、「~の趣旨」とあれば、直接適用ではなく、類推適用を意味する。「直訳」すると「類推の類推」である。ここを§110の直接適用ができないのは、判決理由中にあるように「③ ①以外の代理権≠日常家事代理権」となるからである。民骨さんは§110の要件構造と類似させて§761との考えてみた。すると、「① 権限外の行為≒①’ 日常家事代理権限外の行為」、「③ 本来の代理権の存在≒③’ 日常家事代理権」、「④ ①が③の範囲内にあると信じる≒④’ ①が③’の範囲内に属すると相手方(Y)が信じる」としたらどうだろう。§110の要件を§761との関係で限定的にしてみた。つまり§110の§761特別限定版が「§110の趣旨の類推」と民骨さんは理解したい。

【X5番枠】

引用判決理由の掉尾に「そして、右事実関係のもとにおいては、右売買契約は当時夫婦であつたAとXとの日常の家事に関する法律行為であつたといえないことはもちろん、その契約の相手方であるYにおいてその契約がXら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があつたといえないことも明らかである」とある。「もちろん」ということになれば「客観的(=誰もが認める)に明らか」ということだから、Yは信じていないということ(悪意)であることを判示していることになろう。最も善意・悪意は主観的(=自分だけがそう思う)なものだから、Yが悪あがきしてあくまでも「信じていた」と主張したとしても、そのように信じるにつき正当な理由はないということになる(悪意に近い重過失ということになろう)。

解析結果

Xの主張

Yの主張

所有権移転登記手続請求

①    X=所有者

②    妨害の事実(本件土地にY名義の登記があること)

§99

① AとD(Y)の本件土地建物売買契約

② A、顕名(Xのためにすることを示す)

③ Aに①をする代理権あり

⇒Aの売買契約の効力、Xに対して直接生ずる

AにXの不動産売却の代理権(任意代理権)を授与していない
§761

① Aの法律行為(D(Y)への本件土地建物売買契約)

② 「A・X婚姻」の事実をD(Y)が知っている

③ 日常家事代理権(法定代理権)

⑴ Aが当時Xと婚姻

⑵ 日常家事に関する法律行為

Aの法律行為(売買契約)≠日常家事
表見代理【§110】による売買契約

① 表見代理人Aの締結した売買契約

② 本人Xのためであることを示す

③ ①以外の基本代理権の存在

日常家事代理権【§761】

⑴ Aが当時Xと婚姻

⑵ 日常家事に関する法律行為

④ D(Y)、Aの①の代理権の存在を信じる(善意)

⑤ ④についての正当な理由(無過失)

日常家事代理権≠§110の基本代理権

∵夫婦の財産的独立をそこなうおそれがある

§110 趣旨の類推

① Aの日常家事以外の法律行為

② Aの顕名(Xのためにすることを示す)

③’日常家事代理権の存在(§761条)

④’ ①が③’の範囲内に属するとYが信じる(=善意)

⑤ ④’につき正当な理由(=無過失)

⇒Xが①の責任を負う

¬④’ 売買契約はAとXとの日常の家事に関する法律行為であつたといえないのは「もちろん」(=客観的に明らか・Yの悪意)

¬⑤その契約の相手方である上告人においてその契約がXら夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるYの正当な理由なし

終わりに

1審をみると、冒頭にXの前主が「訴外時枝誠記」とあった。マニアックな話だが、国文法の大家である。民骨さんが現代文を教えているときに読んだ

があるが、すっかり忘れている。

「趣旨の類推」とあるが、単純に「§110の趣旨により」、「§110を類推して」と済ませることもできたのではないか、と思うのは民骨さんだけだろうか?

今回は「たかゆき」さんのご注文でした。必ずしもお応えできませんが、できるだけ努力します。

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