最判平成10.03.26(平成6年(オ)第1408号)

担保物権法

はじめに

債務者が自己所有建物を賃貸すると、賃借人が第三債務者となる。この第三債務者への債務者の債権は、一般債権者の差押えの目的ともなるし、抵当権者の物上代位の差押えの目的ともなる。そこでこの両差押えが同時になされた場合、つまり競合が生じた場合、優劣はどのように決すべきであろうか? この問題と取り組むには差押えの効力を前提としなければならない。差押えの効力は「処分禁止効」(民執法145)といわれている。本件のように一般債権者によって債権が差押えられたが、その後に抵当権者の物上代位にいによる差押えがなさた場合、「処分禁止効」はどのように機能するのだろうか?判決理由は、実質1文だけであり、結論は簡単である。しかしなぜそうなるのかを考えると結構難問である。みなさんはどうか?

出典

民集第52巻2号483、LEX/DB:28070493

百選I(第5版)088事件

当事者関係

X:本件建物抵当権者、三和銀行(原告、被控訴人、上告人)

Y:一般債権者(被告、控訴人、被上告人)

A:本件建物所有者、設定者

B:本件建物賃借人

時系列表

A、Bに本件建物を賃貸、賃料月当たり250万円
H.02.09.05 X、Aに5500万円貸付(期限の利益喪失約款付)
H.03.04.05 A、Xへの債務の履行遅滞
H.03.06.03

 

千葉地裁松戸支部、AのBに対する賃料債権(H.03.07分以後2億1940万円に満つるまで)に対する差押命令を発布(←Yの公正証書)
H.03.06.05 [Yの強制執行]差押命令、Bに送達→差押えの効力発生◇
H.03.06.13 [Yの強制執行]差押命令、Aに送達
H.03.07.19 A、Xのために本件建物に抵当権設定(被担保債権:H.02.09.05の金銭消費貸借)登記了★
H.04.08.14 X、Aへ期限の利益喪失の通知(08.24にAに到達)
H.04.09.18

 

東京地裁、AのBに対する賃料債権(H.04.09分以後5900万円に満つるまで)に対する差押命令を発布(←Xの物上代位権)
H.04.09.21 [Xの物上代位]差押命令、Bに送達◆
H.04.10.11 [Xの物上代位]差押命令、Aに送達
H.04.09? B、供託(250万円×4ヵ月)
H.05.01.28

 

千葉地裁松戸支部996万円をX,Yの配当表作成

X:Y=5900万円:1億8208万円=243万円:752万円

XY、配当異議の申出をしない
配当表どおりの配当実施

訴訟物・請求の趣旨

訴訟物:XのYに対する不当利得返還請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、752万円を支払え」

判旨と判決理由

Xの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求棄却」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

一般債権者[Y]による債権の差押えの処分禁止効は差押命令の第三債務者[B]への送達によって生ずるものであり、他方、抵当権者[X]が抵当権を第三者[Y]に対抗するには抵当権設定登記を経由することが必要であるから、債権について一般債権者[Y]の差押えと抵当権者[X]の物上代位権に基づく差押えが競合した場合には、両者の優劣は一般債権者[Y]の申立てによる差押命令の第三債務者[B]への送達◇と抵当権設定登記★の先後によって決せられ、右の差押命令の第三債務者[B]への送達◇が抵当権者の抵当権設定登記★より先であれば,抵当権者[X]は配当を受けることができないと解すべきである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する不当利得返還請求権」であるから、根拠条文は§703となる。そこでいうべきであるのは、Yの利得に「法律上の原因」がないことを明らかにする必要がある。

本件は一般債権者の債権差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えの競合した場合である。Xが一般債権者に対する優先弁済権を有する抵当権者であるのに対して、YはXに劣後する一般債権者である。したがってBが供託した賃料を本来Xが優先して全部受領すべきであるのに、Yが還付を受けたことについて「法律上の原因」がないということになる。

【Y1番枠】

Yは、自らの利得に「法律上の原因」があると主張することになる。この点について判決理由中にYの主張らしきものがないので、1審判例を参照した。

先ず、一般債権者の債権差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えの競合の場合に、執行裁判所作成の配当表のように、両者とも債権者として、債権執行の一般原則に従い、債権額の按分により配当されるべきであることが挙げられている。するとYが受領した配当額は「法律上の原因」があることになる。しかし、この論点は判決理由に直結しないので、省略する。

むしろ重要なのは、1審判例中Yは、自己に優先権があることを主張しようとして、Xの対抗要件具備★よりも先に自己の対抗要件(差押命令発効)◇があることを主張していることである。対抗要件具備について、物権が関係するので、§177を適用する仕方を民骨さんは一応工夫してみたが、どうだろうか?

【X2番枠】

判決理由中「差押えの処分禁止効」(民執法145)のことが急に出てくる。また【Y1番枠】でYの差押えとXの抵当権設定登記とが対抗関係になるとしている。そこでこの「差押えの処分禁止効」によって、Yの主張を崩すことを考えなければならない。これについて、Xの請求を認容した1審判断中「差押によって、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめる」とある。これは物上代位の差押えを必ず抵当権者がしなければならないか、債権が特定されるから他の債権者の差押えで充分であるのか、という有名な論点である。学説は後者が有力であるとされる(『我妻・有泉コンメンタール(第7版)』603頁)。

【Y2番枠】

判決理由中の「から」の前をどう理解するかが難しい。後は対抗関係の結論であり、これに接続するように考えなければならない。

ここでヒントとなるのは原審判断である。必要と思われるところを引用すると「賃貸建物について抵当権の設定をする前に建物所有者が有する賃料債権について差押命令が発せられているときには、建物所有者[A]は、差し押さえられた賃料債権を処分することが禁じられているのであるが(民執法145 I)、禁止される処分行為には…(中略)…目的としての権利が同一である賃料債権を対象とする換価権及び優先弁済権の設定は含まれる。したがって、賃貸建物について抵当権を設定し対抗要件としての登記を経由しても、その登記前に賃料の差押命令が第三債務者に送達されていたときは、差押えの処分禁止効により、当該賃料債権に対する執行手続では、建物抵当権による賃料債権に対する物上代位の権利はないものとして取り扱うべきであり、第三債務者[B]が供託した賃料は、先行する差押えの対象となっているものである限り、上記の物上代位により差押えをした抵当権者に配当してはならないものである。このことは、先行する差押命令が一般債権者によるものであるかどうかによって異なるところはない。」つまり処分禁止効として、AがBから弁済受領したり、Bに対する賃料債権を譲渡したりする換価権と、Aが抵当権によるAのBに対する賃料債権への優先弁済権の設定が含まれるということになる。特に後者は、Xの賃料債権への結果的に優先弁済権が設定されることになる、抵当権の効力が及ぶことが禁じられる、ということを意味する。

「一般債権者による債権の差押えの処分禁止効は差押命令の第三債務者への送達によって生ずるものであり」の後に、この処分禁止効には、被差押債権への優先弁済権の設定されることになる抵当権の効力が及ぶことが禁じられることになろうか。

「抵当権者が抵当権を第三者に対抗するには抵当権設定登記を経由することが必要である」

は§177そのままである。なぜ物上代位の差押えでなく、抵当権の設定登記が対抗要件となるのか? 物上代位は抵当権実行の一形態であると考えるので、抵当権実行のための差押えは、抵当権者自らが行わなければならないと民骨さんは考えている。そうすると物上代位が抵当権の実行の一形態である以上、物上代位を第三者に対抗するには抵当権設定登記が必要とされる。

その結果、「両者の優劣は一般債権者[Y]の申立てによる差押命令の第三債務者[B]への送達◇と抵当権設定登記★の先後によって決せられ」るということになる。

解析結果

Xの主張 Yの主張
不当利得返還請求【§703】

① X の損失(Bの供託金につき受け取るべき配当752万円)

② Yの利得(Bの供託金につき受け取った配当752万円)

③ ①②の因果関係

④ ②につき法律上の原因がない

・Xの物上代位権行使【§372→§304】

⑴ X=抵当権者

⑵ 目的物の賃貸

⑶ によるYが受けるべき金銭

⑷ Xの差押え

・一般債権者の債権差押えと抵当権者の物上代位権に基づく差押えの競合

⑴ X=抵当権者(一般債権者に対し優先弁済権あり)

⑵ Y=一般債権者

∴抵当権者X>一般債権者Y

§177

① 不動産(本件建物)

② 物権変動(Xの根抵当権設定★)

③ Y差押時◇に②の登記なし

⇒第三者Yに②の対抗不可

∴Xの優先権なし

差押の効果

処分禁止効【民執法145】

AがBからの債権取立、第三者への債権譲渡禁止

∴ Yの差押えにより物上代位の対象である債権の特定性が保持→物上代位権の効力を保全[1審判断]

一般債権者[Y]による債権の差押えの処分禁止効

・差押命令の第三債務者[B]への送達により発生

・被差押賃料債権への結果的に優先弁済権が設定されることが処分禁止に含まれる【民執145】

・被差押賃料債権に物上代位が及ばない

抵当権者[X]による抵当権の第三者[Y]への対抗

・物上代位が抵当権の実行の一形態であるから物上代位を第三者に対抗するには抵当権設定登記が必要

∴両者の優劣はYによる差押命令の第三債務者[B]への送達と抵当権設定登記の先後によって決せられる

終わりに

判決理由までの流れは掴めただろうか。それにしても不思議な感じがある。判決理由の通りならば、Xの配当は0円でもよいことになる。実際原審では「控訴人[Y]の申立てによる賃料債権の差押命令が第三債務者[B]に送達された後に、建物抵当権の設定登記を経由したものである。したがって、本件において供託された賃料は、控訴人[X]と被控訴人[Y]との間では、控訴人[X]の請求債権の限度で控訴人[X]に配当し、被控訴人[Y]には配当すべきではなかったのである」と判示している。Yは逆に反訴を提起して、Xの配当を不当利得返還請求できる事案であった。しかし処分権主義(民訴法246)でYがこの点を申し立てていないので、原則の請求棄却にとどまっている。

この判例は第2小法廷のものであるが、第1小法廷の最判平成10年1月30日(平成9年(オ)419号)での抵当権設定登記が、物上代位の際、第三者対抗要件となるという考え方が引き継がれている。抵当権と対抗関係に立つのが一体何なのか、確認しておこう。

また、前記判例の論理に従えば、たとえ抵当権設定契約がなされたとしても、Xの物上代位による差押命令がBに送達された時点◆以前に、相殺がなされた場合、物上代位目的債権の「払渡し又は引渡し」、つまり物上代位目的債権の消滅のために、Xの物上代位は不首尾に終わることになる。このように考えると、判例の一貫性に思わず唸ってしまうのは、民骨さんだけであろうか?

一般に金融事故に関する判例の当事者としての金融機関で多く登場するのは、信組>信金>地銀>都市銀の順である。都市銀行が登場ししかも不利な判決を得るというのは、非常に珍しいことである。三和銀行は、2002年(平成14年)に東海銀行と合併しUFJ銀行となった後、2006年(平成18年)に東京三菱銀行と合併し三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)となっている。

【Y2番枠】が非常に難儀した。最高裁判所の判決理由からは、意味が取れないし、原審判決からそのまま引用して理解できなかったからである。読者の中には、民骨さんはあまり頭がよくないと感じた人もいるかもしれない。その通り。法適用学に必要なのは、条文と判決理由のみから、いかに矛盾なく理解することである。民骨さんも原審判決を何度も読み返して初めて、解析にまで至ることができた。みなさんはどうであったか?

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