最判昭和40.11.19(昭和40年(オ)第614号)

物権法

はじめに

他人物売買、すなわち第三者が所有する目的物を売主が買主に売る売買契約は、契約として当事者間で有効である(§561)。売主が第三者から目的物の所有権を取得すると、その目的物の所有権が買主に移転するのはいつか?所有権を含めた物権の移転は当事者の意思表示のみによってその効果が発生する(§176)。すると他人物売買で売主が所有権を取得して新たな意思表示が必要なのか、不要なのか? もしも不要ならば§176との関係はどうなるのだろうか? 結論は不要説であるが、それを鵜呑みにして「判例同旨」をうそぶいても、なんら法適用学的には意味はない。法適用学的には、§176と§561との関係を考えるところに意義がある。どのように考えるべきか?

出典

民集第56巻3号555、LEX/DB:27001252

当事者関係

X:本件船舶他人物売買の買主(原告、被控訴人、被上告人)

Y:Aの執行債権者(被告、控訴人、上告人)

A:海運会社、本件船舶他人物売買の売主

B:造船会社、AXの他人物売買時の本件船舶所有者

時系列表

A、Bに汽船の建造注文
S.36.05頃 本件船舶完成。B、本件船舶をAに引渡し、A所有権取得
A、造船代金未払い
A、本件船舶を再びBに返還譲渡し、B所在の高知市に本件船舶を回航させる
S.36.06.10 A、Xに対し、本件船舶をA所有として譲渡

以後A会社においてXのため本件船舶を占有する旨の約定(占有改定の約定)

X、本件船舶の所有権を取得せず∵A、本件船舶の所有権を喪失

S.36.07.06 AとBとの間に代金の支払について話合がつく
S.36.07.08 B、本件船舶の所有権をAに戻す。A登記名義。Aは本件船舶の引渡を受けその占有を取得
S.36.07.08 Y1、Aとの間で本件船舶に極度額300万円の根抵当権設定契約
S.37.05.17 Y2、Aとの間で本件船舶に極度額700万円の根抵当権設定契約
S.38.04.08 Yら、競売手続開始決定に基づき、本件物件に対し強制執行・差押え

Yらは本件船舶に根抵当権を設定しているが、Xが本件船舶の所有権移転登記を具備したかについては後の【Y2番枠】で見るように、問題にされていない。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「第三者異議事件」である。担保執行「第三者異議の訴え」(民執法194→38)は担保執行の目的物(本件土地)について所有権を有する、担保権者・設定者以外の第三者(X)が、担保権者である抵当権者(Y)に対してその民事執行の不許を求める訴えである。この場合の訴訟物は、「形成権たる執行法上の異議権」である(岡口基一『要件事実マニュアル3(第6版)』266頁)。

請求の趣旨は、具体的には競売申立て事件を特定しなければならないが、ここでは下記の通り簡略化する。訴訟物:形成権たる執行法上の異議権

請求の趣旨:「YがAに対する競売申立事件の競売手続開始決定に基づき、本件船舶に対してした執行手続はこれを許さない」

判旨

Yの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求認容」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

B造船よりXへの本件物件の所有権および占有移転の時期、方法につき特段の約定ないし意思表示がない限り(原判決は、右特段の事実があることを確定していない。)、Aが昭和36年7月8日B造船より本件物件の所有権を取得すると同時にXがAより本件物件の所有権を取得し、また、Aの占有取得と同時にXが前記約定に基き占有改定の方法によりAよりその占有を取得するに至つたものと解すべきである(被控訴人の所有権取得につき、大審院大正8年(オ)第114号大正8年7月5日判決、民録25輯1258頁参照)。原判決に所論の法令解釈の誤り、理由不備、理由齟齬の違法がなく、論旨はすべて採用できない。

判例解析

【X1番枠】

第三者異議の訴えであるから、民執法38に基づかなければならない。先ず① 異議の対象である開始された担保執行、または開始することが決定された担保執行を挙げなければならない。次に② Xがその執行により目的物の所有権を有すること、さらに③ その執行について無関係な第三者(≠執行債務者)であることを言わなければならない。実務上の請求原因事実については岡口基一『要件事実マニュアル3(第6版)』270頁を参照されたい。

②でXが自己所有権を根拠づけることも忘れてはならない。ここではA・X間の本件船舶売買契約になる。

【Y1番枠】

ここでは、Xの所有権取得を否定することになる。A・X間の本件売買契約時に本件船舶の所有権Aになかったこと(Bにあったこと)を主張することになる。

【X2番枠】

たしかにA・X売買契約時にAに所有権がなかったいわゆる「他人物売買」であった。しかし、Yらの担保権取得前にXが所有権を取得したことを主張しなければならない。判決理由にあるように、Aが所有権取得と同時にXへの所有権移転を主張することになる。判決理由では大判大正8.7.5(大正8年(オ)114号)を引用している。そこで「其売買ノ目的タル物ガ他人所有ノ特定物ナル場合ニ、売主ガ後日其物ノ所有権ヲ取得スルニ至リタルトキハ、当事者ニ於テ更ニ何等ノ意思表示ヲ為スコトヲ要セズ、其物ハ当然直ニ買主ノ所有ニ帰スルモノトス」としている。「当然」とあれば「理由不要」とほぼ同じ意味であるが、理由が付してある。それは「売買ニ因リテ所有権ヲ移転スルニハ、…我民法ノ如ク…所有権ハ売買ノ意思表示ニ依リテ直ニ買主ニ移転スべキ法制ノ下ニ在リテハ、上記売買ノ目的タル第三者所有ノ特定物ノ所有権ガ、売主ニ帰属スルニ至リタルトキハ、売買ノ効力ハ直ニ実現シ、其物ノ所有権ハ何等ノ意思表示ヲ為スコトナク当然直ニ買主ニ移転スルモノト謂ハザル可カラズ」としている。つまり売主が所有権を取得したと同時に、他人物売買から現実売買となり、売買契約の効力が発生するというのである。「上記売買ノ効力ハ直ニ実現」とあるように他人物売買契約の有効性に主眼があり、物権変動論としては弱い根拠のように民骨さんには思われる。

そこで、物権変動の法条文の基礎に戻ると、§176に至る。所有権は「当事者の意思表示のみによって」移転する。そうすると「当事者の意思表示」をXにとって有利にして、判決理由の「同時」性に適合する理由を編み出さなければならない。そうすると他人物売買で「売主はその権利を取得して買主に移転する義務」がある(§561)。そこから他人物売買の売主の意思として第三者から売主が権利を取得したと同時に買主に移転する意思があると推定すると、民骨さんは考えるが、どうであろうか。つまり他人物売買にはこのような意思が推定されるのである。後で「特段の事情」(例外・許される反証)が出てくる余地があるから、法適用学的にも適合しているように思われるのだが。民骨さんはS.36.06.10の契約中に即時移転の意思表示が売主Aによってなされたと考える。

【Y2番枠】

所有権の帰属だけでなく、物権変動では対抗要件も問題となる。この判例の分からないところは、Yらは本件船舶に抵当権を設定していることである。そうであるならば本件船舶について登記(商686)がなされているはずであり、しかもそのような船舶所有権移転は対抗要件(所有権移転登記+船籍証書)によって決せられるはずである(商687)。しかし本件ではこの話が全くでてこない。商法上の船舶の対抗要件が問題とならなければ、§178の動産物権譲渡の対抗要件(=引渡し)によって決せられる。

【X3番枠】

4種類ある引渡し(§§182~184)のうち、現実に占有する前主が、その物の物理的移転を伴わずに、以後現主のために占有する意思表示をする場合の、占有改定に該当する。この場合の意思表示もS.36.06.10の売買契約でなされていると考えたい。

【Y3番枠】

【X2番枠】、【X3番枠】の原則に対して例外としての「特段の事情」である。つまり原則と異なる意思表示の存在である。本件ではなかった。

解析結果

Xの主張

Yの主張

第三者異議【民執法38】

① Yらによる執行の開始

② Xが①の執行物につき、①の執行によって侵害される権利(所有権)を有する(A・X本件船舶売買)

③ Xは①の執行債務者ではない

AX売買契約時(S.36.06.10)

本件船舶所有者=B

∴X、Aから所有権取得不可

【§176】

① AからXへの所有権移転の意思表示S.36.06.10

(本件船舶の所有権はAがBから取得したら直ちにXへ移転する意思表示←§561)

∴A、Bから本件船舶所有権取得(S.36.07.08)

⇒X、Aから本件船舶所有権を取得(同時)

【§178】

① 動産(本件船舶)

② 物権の譲渡(所有権A→X)

③ 引渡しなし

⇒第三者Yらに②の対抗不可

【§183】

① 占有代理人(A)

② 目的物(本件船舶)

③ ②の占有

AのBからの本件船舶占有取得(現実の引渡しS.36.07.08)

④ 以後本人Xのために占有する意思を表示

(占有改定の約定(S.36.06.10))

⇒③と同時期にXの②(本件船舶)の占有取得

(特段の事情)

(BよりXへの本件船舶の所有権および占有移転の時期、方法につき[Aの所有権・占有取得時期とXの所有権・占有取得時期が同時でないとする]特段の約定ないし意思表示)

終わりに

【X2番枠】は結論だけであり、具体的な理由が示されていない。ここで「はじめに」で述べたように、§176と§561の関係を把握するのが法適用学である。§176を無視することはできず、そうすると契約で意思表示がないのに物権変動があることになり、法適用学的には看過できない。§561中の売主の「その権利を取得して買主に移転する義務」から、売主の即時所有権移転意思表示を推定してみた。推定は反証を許す。反証はその意思表示に反する意思表示の存在である。

判例の結論を覚えることはたしかに重要である。ただし法適用学は判例の結論を覚えることよりも、どのように法条文が適用されてそのような結論に至ったか、という過程を大事にする。そうすると、いろいろと見えなかったものが見えてくると民骨さんは考えている。

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