最判平成10.01.30(平成9年(オ)第419号)

担保物権法

はじめに

抵当権の目的物である建物等が賃貸されたことによる賃料債権が物上代位されることは、最判平成元.10.27でも認められたところである。ところで物上代位の対象である賃料債権が譲渡された場合、物上代位は可能だろうか? つまり債権譲渡は「払渡し」(§304)に該当し、物上代位ができないのだろうか? また債権譲渡の対第三者対抗要件は物上代位の差押えにも対抗できるのか? 逆に譲渡された債権に物上代位ができる場合、賃借人が債権譲受人に弁済した後に、抵当権者にも弁済しなければならない、というような二重弁済を賃借人に強いられることになるのだろうか?

出典

民集第52巻1号1頁、LEX/DB28030472

百選I(第8版)088事件

当事者関係

X:抵当権者(原告、控訴人、上告人)

Y:賃借人(被告、被控訴人、被上告人)

A:債務者

B:抵当権目的物(本件建物)所有者・物上保証人

C:BのYに対する債権の譲受人。

Q:Yの取締役兼Cの代表取締役

R:Bの代表取締役、YのゼネラルマネージャーSと昵懇

S:Yのゼネラルマネージャー、Bの代表取締役Rと昵懇

時系列表

H.02.

 

X、Aに30億円貸付(期限の利益喪失約款付)、担保:B所有本件建物への抵当権

B、本件建物を賃貸、賃料収入月当たり707万円余

H.03.03.28 A、Xに利息支払いを怠る→期限の利益喪失
H.05.01.12

 

B、Yに本件建物全部を一括賃貸

(期間の定めなし賃料月額200万円、敷金1億円、譲渡転貸自由)

H.05.04.19 B、Cから7000万円の貸付を受ける
H.05.04.20

 

 

B、Cへ本件建物のH.05.05~H.08.04分(36月分7200万円)賃料債権を譲渡(代物弁済)

債権譲渡をYが承諾し、債務弁済契約書を作成、公証人による確定日付を得る

地裁、本件建物につき競売開始決定をし、同日、差押の登記手続

H.05.05.10 東京地裁、BのYに対する賃料債権(H.05.06分以後)に対する差押命令を発布(←Xの物上代位)
H.05.06.10 差押命令、Yに送達
H.06.03.23 X、差押賃料債権のうち、H.06.04以降支払期にある分につき債権差押命令の申立てを取り下げ(結局H.05.06分~H.06.03分:10か月分)

訴訟物・請求の趣旨

事件名は「取立債権請求事件」である。取立訴訟とは、債務者(ここでは抵当権設定者B)が有する第三債務者(本件では抵当権目的物の賃借人Y)の債権を差押債権者(ここでは抵当権者X)が差し押さえたが、第三債務者(Y)が差押債権者(X)の取立に応じない場合に、差押債権者(X)が自らの名で第三債務者(Y)を被告として提起する訴訟である(民執155)。取立訴訟の場合の訴訟物は、被差押債権そのものとする見解が通説である(岡口・要件事実マニュアル3[第6版]283頁以下)。ここでの被差押債権は、Xが差押えた、BのYに対する賃貸借に基づく賃料請求権となる。

賃料の基礎は、「平成5年7月分から平成6年3月分までの賃料6533万6400円」である(一審でのXの主張)。

訴訟物:BのYに対する賃貸借契約に基づく賃料請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、6533万円を支払え」

判旨

Xの上告に対して判旨は「原判決中主文第一、二項を破棄し、被上告人の控訴を棄却する。

その余の本件上告を棄却する」とあるので「一部破棄(自判)」であり、「Xらの請求(一部)認容」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

 

1 民法372条において準用する304条1項ただし書が抵当権者が物上代位権を行使するには払渡し又は引渡しの前に差押えをすることを要するとした趣旨目的は、主として、抵当権の効力が物上代位の目的となる債権にも及ぶことから、右債権の債務者(以下「第三債務者」という。)は、右債権の債権者である抵当不動産の所有者(以下「抵当権設定者」という。)に弁済をしても弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者に対抗できないという不安定な地位に置かれる可能性があるため、差押えを物上代位権行使の要件とし、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前には抵当権設定者に弁済をすれば足り、右弁済による目的債権消滅の効果を抵当権者にも対抗することができることにして、二重弁済を強いられる危険から第三債務者を保護するという点にあると解される。

2 右のような民法304条1項の趣旨目的に照らすと、同項の「払渡又ハ引渡」には債権譲渡は含まれず抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。
けだし、(一)民法304条1項の「払渡又ハ引渡」という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もないところ、(二)物上代位の目的債権が譲渡された後に抵当権者が物上代位権に基づき目的債権の差押えをした場合において、第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ、弁済をしていない債権についてはこれを供託すれば免責されるのであるから、抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者の利益が害されることとはならず、(三)抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができ、
(四)対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先するものと解するならば、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害するものというべきだからである。

そして,以上の理は、物上代位による差押えの時点において債権譲渡に係る目的債権の弁済期が到来しているかどうかにかかわりなく、当てはまるものというべきである。

以上と異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。そして、前記事実関係の下においては、Xの本件請求は1800万円(平成5年7月分から同6年3月分までの月額200万円の割合による賃料)の限度で理由があり、その余は理由がないというべきであるから、第一審判決の結論は正当である。したがって、原判決のうち、第一審判決中Y敗訴の部分を取消して右部分に係る請求を全部棄却すべきものとした部分(原判決主文第一、二項)は破棄を免れず、右部分についてはYの控訴を棄却すべきであるが、Xの控訴を棄却した部分は正当であるから、その余の本件上告を棄却すべきである。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「BのYに対する賃貸借契約に基づく賃料請求権」であるが、取立訴訟であることから主張として、要求されることがある。その中で、「被差押債権の存在(発生原因)」が訴訟物となる。Bが受けるべき賃料債権に物上代位することをいうことになる。

【Y1番枠】

それに対して、Yの主張はいろいろと考えられるが、判決理由中の2(一)に接続するように考える。判決理由の2(一)は「民法304条1項の『払渡又ハ引渡』という言葉は当然には債権譲渡を含むものとは解されないし、物上代位の目的債権が譲渡されたことから必然的に抵当権の効力が右目的債権に及ばなくなるものと解すべき理由もない」とある。債権譲渡が「払渡し又は引渡し」に該当することをYがここで主張すべきである。つまり、物上代位される賃料債権が既に譲渡されたが、しかも代物弁済として譲渡されたことを主張すべきである。ただし、既発生債権の譲渡ではなく、将来債権の譲渡であることに注意が必要である。

【X2番枠】

判決理由の(一)はⓐ「払渡し又は引渡し」(§304)当然には債権譲渡を含まないといい、ⓑ物上代位の目的債権が譲渡されたことが、必然的に抵当権の効力が目的債権に及ばなくなるわけではないともいう。両方とも否定的・消極的に言っており、積極的な理由が今一よくわからない。目的債権について検討すると、(二)で言及されているが、「第三債務者は、差押命令の送達を受ける前に債権譲受人に弁済した債権についてはその消滅を抵当権者に対抗することができ(る)」とある。そうすると「弁済による目的債権の消滅」は「弁済による目的債権の消滅」と同一視してもよいのではないかと考えられる。そこでこの結果を反映させるとⓐ「払渡し又は引渡し」は弁済等目的債権自体の消滅を意味し、債権譲渡だけでは目的債権自体は消滅しないから「払渡し又は引渡し」には含まれない、ⓑ物上代位の目的債権が譲渡されただけでは、目的債権自体が消滅していないので、抵当権の効力が及び物上代位ができる、ということになる。このように考えれば、この判例の核心を理解したと言えるだろう。

債権譲渡の対抗要件と対抗関係にある抵当権者側の対抗要件との関係については、判決理由(三)のところで触れられているので、ここでは触れない。

【Y2番枠】

判決理由の(二)は、目的債権の譲渡後に抵当権者がする物上代位を認めても第三債務者の利益が害されないことが言われている。第三債務者の利害について言及しているところを探すと、1で第三債務者(Y)が目的債権を債権者兼抵当不動産所有者件抵当権設定者(B)に弁済をしても、物上代位の結果、弁済による目的債権の消滅の効果を抵当権者(X)に対抗できないという不安定な地位に置かれることが指摘されている。つまり二重弁済の危険があることがYにとって有利な箇所といえるだろう。

【X3番枠】

判決理由の(二)がここで主張されることになる。ここでは「抵当権者に目的債権の譲渡後における物上代位権の行使を認めても第三債務者(Y)の利益が害されることとはなら(ない)」とある。このことと同旨で、1で「二重弁済を強いられる危険から第三債務者(Y)を保護する」ともある。そうすると1に出てくる第三債務者(Y)抵当権者(X)がする差押の趣旨を論じる必要があろう。

【Y3番枠】

判決理由の(三)は「抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことは抵当権設定登記により公示されている」とある。するとここでは対抗要件の問題が問題とされていることが理解できる。Yが主張するとしたら、Xよりも先に債権譲受人Cが対抗要件を具備したことであろう。そうするとCの第三者(当然Xも含まれる)対抗要件は、§467IIの規定されているものである(H.05.04.20)。それよりも後(H.05.06.10)に「物上代位権」による差押えによってXが対抗要件を具備した、旨をYが主張しなければならない。そうすると、XがYに完全に劣後することになる。この理論を主張したのが原審であった。

【X4番枠】

判決理由(三)で、「抵当権設定登記によって公示されている」というだけだが、「物上代位権」の差押えと債権譲渡の場合の対第三者対抗要件が対抗関係にないといっているにすぎない。抵当権登記と物上代位の差押、そして債権譲渡の場合の対第三者対抗要件との関係をここで明らかにしないと、何言っているかわからない。判決理由(三)を素直に読むと抵当権設定登記と債権譲渡の場合の対第三者対抗要件とが対抗関係になると理解される。すると「物上代位権」とは一体何か、ということになる。物上代位は、抵当権実行の一形態であると理解すべきであろう。抵当権の競売申立てを「競売申立権」の実行とは普通言うまい。そうすると、物上代位は抵当権実行そのものであるから、債権譲渡の場合の対第三者対抗要件が対抗するのは、物上代位ではなく抵当権本体ということになる(最判平成元.10.27参照)。

【Y4番枠】

判決理由(四)で「対抗要件を備えた債権譲渡が物上代位に優先する」ことと、「抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れる」ことが触れられている。つまり債権譲渡と対抗関係にあるのが物上代位の差押えということになる。先の判決理由(三)の補充の論点である。

【X5番枠】

判決理由(四)から、Y側主張の対抗関係が、対抗関係として不当であることを論じることになる。

 

解析結果

Xの主張 Yの主張
取立権(民執155)岡口・マニュアル3、286頁

あ.差押命令の発令

い.第三債務者Yへの差押命令の送達(民執145Ⅳ)

う.差押命令のBへの送達

え.う.から1週間経過

お.被差押債権の存在

1.XA間の金銭消費貸借

① 金銭返還の合意

② 金銭の交付(30億円)

③ 弁済期の合意(年4回の期日、期限の利益喪失約款)【§587】

④ 弁済期の到来(期限の利益喪失約款:Aの履行遅滞)

2.Xの抵当権 『問題研究』130・『考え方』134

① 被担保債権の発生(1.XA間の金銭消費貸借)

② XB間の抵当権設定契約(本件建物)

③ Bが②当時、本件建物を所有

④ ②に基づく抵当権設定登記

3.物上代位【§372→304】

① 抵当権の成立(2.)

② 設定者Bが本件目的物をYに賃貸した

③ ②によりBが受けるべき金銭その他(BのYに対する賃料債権)

④ Xによる差押(H.05.05.10)

【§ 304 I 但】

Xによる差押前の「払渡し」=債権譲渡

債権譲渡【§466】

① 譲渡債権の存在(BのYに対する賃料債権)

② B(譲渡人)C(譲受人)間の債権譲渡契約(代物弁済【§482】)

ア) BがCに7000万円の債務を負っている

イ) BC間におけるBの有するYに対する賃料債権をア)の弁済に代えて給付することの合意

Xに対抗可[1審・原審判断]

「払渡し又は引渡し」(§304)当然には債権譲渡を含むものとは解されない

≪∵債権譲渡≠債権の払渡し=債権の消滅≫(一)

目的債権の譲渡後の抵当権者が物上代位による目的債権の差押え

→二重弁済の危険

抵当権者Xに弁済すべきか?

債権譲受人Yに弁済すべきか?

第三債務者の弁済

・物上代位による差押命令の送達を受ける前

債権譲受人に弁済した債権の消滅を抵当権者に対抗可

・物上代位による差押命令送達受領後

未弁済債権を供託すれば免責される(二)

債権譲渡対抗要件具備【§467 II】

①債権譲渡(B→C)

②①のYによる承諾

③②=確定日付(H.05.04.20)ある証書

∴対抗要件をXの差押発効時よりも先に具備したので、Xに対抗可[1審・原審判断]

【§177】

① 不動産(本件建物)

② Xの抵当権の設定

③ 債権譲渡対抗要件具備前にXに②の登記(H.02.09.28)あり

⇒②をYに対抗可(Yより先に対抗要件具備)

抵当権の効力が物上代位の目的債権についても及ぶことが抵当権設定登記により公示されている(三)

≪∵物上代位は抵当権実行の一形態≫

対抗関係

債権譲渡の対第三者対抗要件

⇔物上代位による差押え

「対抗関係

債権譲渡の対第三者対抗要件

⇔物上代位による差押え」

とすると、抵当権設定者は、抵当権者からの差押えの前に債権譲渡をすることによって容易に物上代位権の行使を免れることができるが、このことは抵当権者の利益を不当に害する(四)

≪対抗関係として不当である≫

 

終わりに

結果的にXの請求(1ヵ月あたり707万円余)は一部(1ヵ月あたり200万円)の範囲で認められたことになる。1審判決と結論は同じだが、理由付けは異なるので、興味があったら1審判決を参照されたい(LEX/DB 28022471)。

この判例から「払渡し又は引渡し」(§304)は、物上代位の目的が債権の場合、目的債権の消滅を意味することが、仄かに感じられる。明確には断言していないが、そうでないと理解が困難である。また物上代位は、抵当権実行の一形態であることも理解できよう。

判例は「物上代位権」というが、競売手続きによって抵当権実行することを「抵当権実行権を行使する」とは言わないように、「物上代位権を行使する」と言わずに、「物上代位する」というべきであろう。そのように理解すると、物上代位の際の差押えは、担保権実行としての差押えであって、担保権者自らがなさねばならないと考えるが、どうだろうか?

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