はじめに
「時効完成後の第三者」と時効完成した占有者との間ではいわゆる「対抗関係」となり、先に対抗要件を具備した方が確定的な権利者となる。たいていは「時効完成後の第三者」が先に対抗要件を具備することから、彼が時効完成した占有者の登記欠缺を主張することになる。
しかし「第三者」(§177)は伝統的に「登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する者」に限定している。その限定外にあるのが「背信的悪意者」である。つまり占有者の時効取得の事実を知りながら(悪意)、登記欠缺を主張することが信義に背反する、つまり信義則違反となる者である。取得時効に関して「第三者」が「背信的悪意者」となるためには、どのようなことが求められるのか? 時効取得者の時効完成の事実を一般に認識することは「第三者」に困難であるが、そうなると時効取得に関して常に善意となれば、「背信的悪意者」とならないのだろうか? いろいろな疑問点を判例はどのように判断しているのか、検討していこう。
出典
民集第60巻1号27頁、LEX/DB 28110274
百選I(第8版)060事件
当事者関係
LEX/DBの記載の人物関係に準拠する。
Xら:本件係争地東側隣地所有者(原告、被控訴人、上告人);
Y:有限会社、本件係争地西側隣地所有者、D会館所有者(被告、控訴人、被上告人、)
A: 本件通路部分Ã東側隣接地のXへの譲渡人
B: 本件通路部分ÃについてのXの前主(B→X)
E:Yの前々主(E→F→Y)
F:Yの前主(F→Y)
時系列表
S.48.03 | E、前主から本件通路部分Ãの西側隣接地を購入。
E、隣地所有者との境界未確認,公図などによる購入対象地の位置関係や隣地境界など未確認。 購入土地利用のために所有の意思をもって本件通路部分Ãを含めて占有開始(△起算日)。[占有開始時の過失] |
? | E、所有土地上にD会館建設 |
S.61.04 | Fら10名、本件通路部分Ãの西側隣接地をEから購入、本件通路部分Ãの占有承継。 |
S.61.07 | Fら、D会館用通路として本件通路部分Ãを含めてコンクリート舗装通路開設。奥に車庫あり。 |
H.03.07 | Y、Fらから本件通路部分Ã等の現物出資を受け、本件土地を使用 |
H.05.03 | Yの本件通路部分Ãの▲取得時効完成 |
H.07.10.26 | Xら、A社から本件通路部分Ãの東側隣接地購入。 |
H.08.02.06 | Xら、Bから土地の担保価値を高める(公道接道部分拡大)ために本件通路部分Ã (80万円)を含む本件土地購入、登記了。
現地を確認,本件通路部分ÃにYのD会館へのコンクリート舗装通路開設を認識。 直ちに利用する考えなく,さほど問題にはしなかった |
「本件通路部分Ã」は本件土地の一部であり、それがYによってコンクリート舗装された通路として使用・占有されていたという事例である。
またX・Y関係は、Aを起点とするXと(E→F→)Yの二重譲渡の関係になる。
訴訟物・請求の趣旨
事件名が「所有権確認請求本訴、所有権確認等請求反訴、土地所有権確認等請求事件」となっている。本訴の方だけみると「土地所有権確認請求(事件)」となる。「所有権確認請求事件」の請求の趣旨は「XとYとの間において、本件通路部分ÃがXの所有であることを確認する。」というものである。「確認請求事件」の「確認」は裁判所がする。また何を確認するか、というと紛争当事者X・Y間での本件通路部分Ã所有権の帰属である。すなわち訴えを提起するXが訴訟の対象とするのは、「Xの本件通路部分Ãの所有権」である。
訴訟物:Xの本件通路部分Ãの所有権
請求の趣旨:「(XとYとの間において、)本件通路部分ÃがXの所有であることを確認する」
判旨
Xの上告に対して判旨は「1 原判決のうち別紙記載の部分を破棄する。2 前項の部分につき,本件を高松高等裁判所に差し戻す。」である。「別紙記載の部分」を見て簡略化すると、「XらのYに対する本訴請求のうち…本件通路部分Ãの所有権確認請求を棄却した部分」、「YのXらに対する反訴請求のうち…本件通路部分Ãの所有権確認請求を認容した部分」ということになる。つまりXらの請求棄却、Yらの反訴の請求認容した部分を破棄することになる。すると「Xらの請求認容?」ということになる。
判例分析
判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。
(1)時効により不動産の所有権を取得した者は,時効完成前に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては,時効取得した所有権を対抗することができるが,時効完成後に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては,特段の事情のない限り,これを対抗することができないと解すべきである(最高裁昭和30年(オ)第15号同33年8月28日第一小法廷判決・民集12巻12号1936頁,最高裁昭和32年(オ)第344号同35年7月27日第一小法廷判決・民集14巻10号1871頁,最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁,最高裁昭和38年(オ)第516号同41年11月22日第三小法廷判決・民集20巻9号1901頁,最高裁昭和41年(オ)第629号同42年7月21日第二小法廷判決・民集21巻6号1653頁,最高裁昭和47年(オ)第1188号同48年10月5日第二小法廷判決・民集27巻9号1110頁参照)。
Xらは,Yによる取得時効の完成した後に本件通路部分Ãを買受けて所有権移転登記を了したというのであるから,Yは,特段の事情のない限り,時効取得した所有権をXらに対抗することができない。
(2)民法177条にいう第三者については,一般的にはその善意・悪意を問わないものであるが,実体上物権変動があった事実を知る者において,同物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には,登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、このような背信的悪意者は,民法177条にいう第三者に当たらないものと解すべきである(最高裁昭和37年(オ)第904号同40年12月21日第三小法廷判決・民集19巻9号2221頁,最高裁昭和42年(オ)第564号同43年8月2日第二小法廷判決・民集22巻8号1571頁,最高裁昭和43年(オ)第294号同年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2671頁,最高裁昭和42年(オ)第353号同44年1月16日第一小法廷判決・民集23巻1号18頁参照)。
そして,甲[Y]が時効取得した不動産について,その取得時効完成後に乙[X]が当該不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した場合において,乙[X]が,当該不動産の譲渡を受けた時点において,甲[Y]が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており,甲[Y]の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは,乙[X]は背信的悪意者に当たるというべきである。取得時効の成否については,その要件の充足の有無が容易に認識・判断することができないものであることにかんがみると,乙[X]において,甲[Y]が取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識していなくても,背信的悪意者と認められる場合があるというべきであるが,その場合であっても,少なくとも,乙[X]が甲[Y]による多年にわたる占有継続の事実を認識している必要があると解すべきであるからである。
(3)以上によれば,XらがYによる本件通路部分Ãの時効取得について背信的悪意者に当たるというためには,まず,Xらにおいて,本件土地等の購入時,Yが多年にわたり本件通路部分Ãを継続して占有している事実を認識していたことが必要であるというべきである。
ところが,原審は,XらがYによる多年にわたる占有継続の事実を認識していたことを確定せず,単に,Xらが,本件土地等の購入時,Yが本件通路部分Ãを通路として使用しており,これを通路として使用できないと公道へ出ることが困難となることを知っていたこと,Xらが調査をすればYによる時効取得を容易に知り得たことをもって,XらがYの時効取得した本件通路部分Ãの所有権の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらないとしたのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち別紙記載の部分は破棄を免れない。そして,Xらが背信的悪意者に当たるか否か等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すとともに,Xらのその余の上告を棄却することとする。
判例解析
【X1番枠】
訴訟物が「Xの本件通路部分Ã所有権」で、その確認訴訟であるから、先ずXは自己に本件土地所有権があることを主張しなければならない。それはBからXへの譲渡(売買契約)である。
そして民事訴訟は、法的紛争を1回で解決する制度であるから、訴えの利益、確認訴訟の場合には特に確認の利益がなければならない。つまり、XY間にXの本件土地所有権をめぐる争いがあり、Xの本件土地所有権が確認されれば、XY間の法的紛争が解決される、という利益である。具体的には、「Yは、本件通路部分Ãが自己所有であると主張してXの所有権を争っている」「YがXの本件通路部分Ãの所有権を否定して争っている」ということである。
【Y1番枠】
ここでYは反訴(民訴146)を提起している。反訴は原告Xの本訴継続中に被告Yが提起する訴えであって、本訴の目的物である訴訟物、またはその攻撃防御方法に関連する請求を目的である訴訟物としている。ここでは本訴の「本件通路部分Ã所有権」を正にYも訴訟物としている。
Yが所有権を根拠づけなければならない。通常ならばE→F→Yへの転々譲渡を主張することになる。
【X2番枠】
Eが本件通路部分Ãの所有者でなかったことを主張することになる。この点についてYが争っていないので、自白した事実(民訴法179)とみて良い。
【Y2番枠】
そうなると本件通路部分Ãを時効取得したことを言わなければ、本件通路部分ÃについてのXの請求を認めることになる。そこで、E→F→Yと占有の承継(§187)を根拠に時効取得(§162)を主張することになる。時系列表に挙げておいたが、Eの占有開始時に、境界を確認することを怠っており、いわば無邪気に本件通路部分Ãが購入土地の一部と思っていた過失があった。したがって時効期間は20年となる。
【X3番枠】
時系列表によれば、Y主張の本件通路部分Ãについての時効完成が平成5年3月であり、Xはその後の本件通路部分Ãの取得者である。つまりXは「時効完成後の第三者」である。そうすると、§177を「表」の使うことになる。「裏」の使い方、つまりXに登記があること(「対抗要件具備の抗弁」とも言われる)を主張すると、Yが言うだろう、「登記欠缺を主張する正当な利益を有さない者」ということと結びつかないことになってしまうから、控えた方が論理的には適合するだろう。
【Y3番枠】
引用判例理由中の(1)部分を見ると、「完成後に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては,特段の事情のない限り,これを対抗することができない」とある。総じてXに有利な部分であるが注意しなければならないのは「特段の事情」という表現である。これがYにとって有利な部分である。具体的には、判決理由中(2)部分のXが「背信的悪意者」であるということになる。
原審ではこのYの主張が認められて認容された。この点について判決理由中(3)部分でYにとって有利な部分、「単に,Xらが,本件土地等の購入時,Yが本件通路部分Ãを通路として使用しており,これを通路として使用できないと公道へ出ることが困難となることを知っていたこと,Xらが調査をすればYによる時効取得を容易に知り得たことをもって,XらがYの時効取得した本件通路部分Ãの所有権の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらない(としたのであるから…判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある)」とあるところを利用することになる。つまり、「Xが登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらない」こと具体的には「Xが背信的悪意者である」ことを言わなければならないが、Xの背信的悪意の理由を丁寧に扱う必要がある。そうしないと、最高裁の判例との論理的接合性が弱くなるからである。
「信義に反する」ことは「信義則違反」(§1 II)である。条文は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」とあるだけで、ここから具体的な要件を抽出することは困難である。一応「① 相手方に与えた信頼、② ①を裏切る行為」ということになろうか。
【X4番枠】
Y認容した原審判決が破棄されたのだから、【Y4番枠】を丁寧に反駁しなければならなない。引用判決理由(3)のXに有利な部分で原審判断を批判する部分を探すと、「XらがYによる多年にわたる占有継続の事実を認識していたことを確定せず」とあるし、その上の一般論の箇所では「取得時効の成否については,その要件の充足の有無が容易に認識・判断することができないものであることにかんがみると,乙[X]において,甲[Y]が取得時効の成立要件を充足していることをすべて具体的に認識していなくても,背信的悪意者と認められる場合があるというべきであるが,その場合であっても,少なくとも,乙[X]が甲[Y]による多年にわたる占有継続の事実を認識している必要がある」。この部分だと、XがYの時効取得の事実を認識・判断することが難しく、単にYの利用する通路があることを認識するだけでは、悪意とは言えない、ということになろうか。背信的悪意者となるためには、悪意者であることが「少なくとも…必要」であるのに、そうでないということになる。そうするとYの時効取得の事実を知りながら、Yの登記欠缺を主張することが信義に反するという、「背信的悪意者」にXが該当しないということになる。
解析結果
Xの主張 | Yの主張 |
所有権確認
① X=本件通路部分Ãの所有者 前主Bとの売買契約 ② Yは本件通路部分Ãが自己の所有であると主張してXの所有権を争っている(確認の利益) |
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反訴:所有権確認
① Y=本件通路部分Ãの所有者 E→F→Y転々譲渡 ② Xは本件通路部分Ãが自己の所有であると主張してYの所有権を争っている(確認の利益) |
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本件通路部分ÃはE所有ではない | |
時効取得【§162Ⅱ】+援用権行使【§145】
① 起算点:△S.48.02 ② 時効完成20年経過:▲H.05.02 ③ 他人(X)の物 ④ 所有の意思 ⑤ 平穏公然(通路開設) |
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【§ 177】X=時効完成後の第三者
① 本件土地 ② 物権変動(Yの時効取得B→Y) ③ Yに登記なし ⇒Yは②をXに対抗不可 |
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X=背信的悪意者
≠登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する者 ① Xの悪意 ・Xらの調査によりYによる時効取得を容易に認識可能 ② 信義則【§1 II】違反 ⑴ Yの信義則上の信頼 ・Yの時効完成を知っている ・Yが本件土地を通路として使用しており,これを通路として使用できないと公道へ出ることが困難となることを知っていた ・Xが、Yの通路使用を害さないだろうという信頼 ② ①を裏切る Yの通路使用妨害目的で、Yの登記欠缺を主張 ⇒XによるYの登記欠缺の主張不可 |
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X≠背信的悪意者
・Xが背信的悪意者となるために、Yによる多年にわたる占有継続の事実を認識していることが必要なのに、この認識がXにない(悪意自体ない?) ・単に本件通路部分ÃにYのD会館へのコンクリート舗装通路開設を認識していただけ (・Yの通路使用妨害目的はXにない?) |
終わりに
「第三者」(§177)は伝統的に「登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する者」に限定している。その中に「背信的悪意者」が含まれる。本判例でもこの枠組みが維持されている。具体的に「背信的悪意者」であるかの判定は本判例で検討したように、困難である。「多年にわたる占有継続の事実の認識」であれば悪意が認定されると考えてよいだろう。
ちなみにGoogle Mapで係争地らしいところは1審判決を参考にして「某県某市D会館」で検索すると判明する。Yの本件通路部分Ãらしきものは現在もある。Xが係争地部分を含めて利用しているようには見えない。和解したのか?法律上の問題ではないが、「兵どもの夢の跡」の感がする。
民骨さんにとっては、今回は結構骨が折れた。時系列表作成時から事実を追うのがとても大変であった。また精確に解析しようとすると、クドイことになった。普段は、以前作成した「判例シート」の所要時間の4倍くらいかけて、ブログを作成するが、今回はその2倍かかってしまった。出来栄えは割合とあっさりとしたものになった。水上の水鳥の脚かきをふと民骨さんは思った。
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