最判平成24.03.16(平成22年(受)第336号)

物権法

はじめに

取得時効完成後の第三者が所有権移転登記を具備した場合は、占有者は時効取得を第三者に対抗することができない。再度占有者が占有継続して取得時効完成した場合、第三者に登記がなくても時効取得を対抗することができる。つまり再度の取得時効完成までは第三者は占有者に対抗できるわけである。ところで第三者の権利が抵当権であった場合は、占有者が時効取得する権利は、抵当権等の物的負担がない所有権なのだろうか? それとも抵当権等の物的負担が付着した所有権なのだろうか?

出典

民集第66巻5号2321、LEX/DB:25444384

百選I(第8版)058事件

当事者関係

X:本件土地占有者(原告、被控訴人、被上告人)

Y:本件土地抵当権者(被告、控訴人、上告人)

A:本件建物元所有者、Xへの土地譲渡人

B:Aの相続人、α・β抵当権設定者

時系列表

S.45.03. A、本件旧土地をXに売却するも、未登記
S.45.03.31 X、本件旧土地の占有開始△、サトウキビ畑として耕作(~H.11.02.23)
S.47.10.08 A死亡、Aの子B相続
S.55.03.31 Xの取得時効完成▲
S.57.01.13 B、本件旧土地につき、相続を原因として,Aからの所有権移転登記を了した
S.59.04.19 B、本件旧土地につきYのためにα抵当権を設定、登記了(X善意無過失)
S.61.10.24 B、本件旧土地につきYのためにβ抵当権を設定、登記了(X善意無過失)▽
H08.10.24 Xの再度の取得時効完成▼
H.09 β抵当権、Bの弁済により消滅
H.11.02.23 Xその後も占有継続(~訴え提起時)
H.17.03. 旧土地、換地処分によって本件土地を含む4筆の土地に換地(←土地区画整理事業)
H.18.09.29 Y、競売開始決定を得る・差押登記
X、競売の不許を求める本件訴訟提起
H.20.07.31 X、競売停止決定を得る

時効の起算点(◇☆等)と完成時(◆★等)は、時系列表に分かるように記号を付けておくとよい。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「第三者異議事件」である。担保執行「第三者異議の訴え」(民執法194→38)は担保執行の目的物(本件土地)について所有権を有する、担保権者・設定者以外の第三者(X)が、担保権者である抵当権者(Y)に対してその民事執行の不許を求める訴えである。この場合の訴訟物は、「形成権たる執行法上の異議権」である(岡口基一『要件事実マニュアル3(第6版)』266頁)。

請求の趣旨は、具体的には特定しなければならないが、ここでは抵当権実行としての担保不動産競売手続であるから、ここではそれを「本件不動産競売手続き」で代替することにする。そうすると

訴訟物:形成権たる執行法上の異議権

請求の趣旨:「Yが抵当権に基づいて本件土地に対してなした本件担保不動産競売手続は、これを許さない。」

判旨と判決理由

Yの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xの請求認容」ということになる。

判例分析

「4」で最高裁判所の判断が示されているが、「3」でYの上告理由もまとめられているので、これも併せて分析に利用する。それでは判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

 

3 所論は,時効取得者[X]と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者[Y]との関係は対抗問題となり,時効取得者[X]は,抵当権の負担のある不動産を取得するにすぎないのに,これと異なり,Xの取得時効の援用により本件抵当権は消滅するとした原審の判断には,法令の解釈を誤る違法があるというのである。

4(1)時効取得者[X]と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者[Y]との関係が対抗問題となることは,所論のとおりである。しかし,不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者[Y]が原所有者[B]から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者[X]が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは,上記占有者[X]が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者[X]は,上記不動産を時効取得し,その結果,上記抵当権は消滅すると解するのが相当である。その理由は,以下のとおりである。

ア 取得時効の完成後,所有権移転登記がされないうちに,第三者[Y]が原所有者[B]から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了したならば,占有者[X]がその後にいかに長期間占有を継続しても抵当権の負担のない所有権を取得することができないと解することは,長期間にわたる継続的な占有を占有の態様に応じて保護すべきものとする時効制度の趣旨に鑑みれば,是認し難いというべきである。

イ そして,不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者[Y]に上記不動産が譲渡され,その旨の登記がされた場合において,占有者[X]が,上記登記後に,なお引き続き時効取得に要する期間占有を継続したときは,占有者[X]は,上記第三者[Y]に対し,登記なくして時効取得を対抗し得るものと解されるところ(最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁),不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者[Y]が上記不動産につき抵当権の設定を受け,その登記がされた場合には,占有者[X]は,自らが時効取得した不動産につき抵当権による制限を受け,これが実行されると自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされるのであって,上記登記がされた時から占有者[X]と抵当権者[Y]との間に上記のような権利の対立関係が生ずるものと解され,かかる事態は,上記不動産が第三者[Y]に譲渡され,その旨の登記がされた場合に比肩するということができる。また,上記判例によれば,取得時効の完成後に所有権を得た第三者[Y]は,占有者[X]が引き続き占有を継続した場合に,所有権を失うことがあり,それと比べて,取得時効の完成後に抵当権の設定を受けた第三者[Y]が上記の場合に保護されることとなるのは,不均衡である。

(2)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,昭和55年3月31日の経過により,Xのために本件旧土地につき取得時効が完成したが,Xは,上記取得時効の完成後にされた本件抵当権の設定登記時において,本件旧土地を所有すると信ずるにつき善意かつ無過失であり,同登記後引き続き時効取得に要する10年間本件旧土地の占有を継続し,その後に取得時効を援用したというのである。そして,本件においては,前記のとおり,Xは,本件抵当権が設定されその旨の抵当権設定登記がされたことを知らないまま,本件旧土地又は本件各土地の占有を継続したというのであり,Xが本件抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情はうかがわれない。

そうすると,Xは,本件抵当権の設定登記の日を起算点として,本件旧土地を時効取得し,その結果,本件抵当権は消滅したというべきである。

5 原審の前記3の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

判例解析

【X1番枠】

第三者異議の訴えであるから、民執法38に基づかなければならない。先ず① 異議の対象である開始された担保執行、または開始することが決定された担保執行を挙げなければならない。次に② Xがその執行により目的物の所有権を有すること、さらに③ その執行について無関係な第三者(≠執行債務者)であることを言わなければならない。実務上の請求原因事実については岡口基一『要件事実マニュアル3(第6版)』270頁を参照されたい。

②でXが自己所有権を根拠づけることも忘れてはならない。

【Y1番枠】

Xの所有権については未登記であるから、Yは対抗要件未具備を主張するだけでよい。

【X2番枠】

そうすると、Xは時効取得を主張する。この場合の起算点は、△(S.45.05.03)の時点である。正当な所有者Aとの売買による取得だから、③Xの所有の意思、⑤平穏、⑥善意無過失が満たされ、時効完成時▲(S.55.05.03)を超えてサトウキビ畑として耕作していたので⑤公然の要件も満たしている。

【Y2番枠】

ところが、Yがα抵当権の設定登記を得るのは、時効完成▲(S.55.05.03)後のS.59.04.19である。つまりYは「時効完成後の第三者」である。ちなみに、Bによる抵当権設定は、§206のうちの、「使用、収益、処分」のどれだろうか? 制限物権(他物権)の設定は、処分行為であることを確認されたい。そうすると、Bを起点とした二重処分(≒譲渡)ということになる。しかもYは抵当権設定登記を得ているから、§177によりXに対抗できる。その結果Xが取得するのは、Yの抵当権の負担が付いた土地ということになる。

【X3番枠】

そこでさらに、第2時効取得を主張することになる。起算点は▽(S.61.10.24)となる。Yの抵当権がXに対抗できる時点である。④他人の物も、ここではYの抵当権の負担付の土地と構成することになろうか? ③所有の意思、⑤平穏公然の要件は第1の時効取得から事実に変化がないので充足している。⑥起算点での善意無過失も特にYからの反応もなかったことからこれも充足されるだろう。そもそも時効取得は原始取得であって、前主がなくXが最初の所有者となるのだから、制限物権が付いていることはあり得ない。

【Y3番枠】

それでも判決理由「3」の「時効取得者[X]と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者[Y]との関係は対抗問題となり,時効取得者[X]は,抵当権の負担のある不動産を取得するにすぎない」というのがYの上告理由と考えられる。所有権と抵当権の両立が可能であるということでも主張したかったかもしれない。

【X4番枠】

それに対して、判決理由で「ア」「イ」の二つの理由があげられている。「ア」は取得時効制度の観点から、占有者が完全な所有権を取得することできないとすることを是認できない、ということだが、これは取得時効が原始取得であることと相通じるところがある。「イ」はYが不動産を譲り受けた場合と比較する。判決理由では最判昭和36年7月20日(昭和34年(オ)第779号)を引用している。そして「取得時効の完成後に抵当権の設定を受けた第三者[Y]が上記の場合に保護されることとなるのは,不均衡」といっている。取得時効後の第三者が登記具備後、占有者が占有継続して再度の取得時効が完成した場合、第三者がいわば完全な物権である所有権を失うことがあるのならば、まして制限物権である抵当権も失うことがあることは当然であるということになろうか。

【Y4番枠】

最高裁判所は無条件に【X4番枠】を認めているわけではないことに注意しよう。判決理由中にある「特段の事情」である。本判例では否定されたが、具体的には、Xが「抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情」である。カッコ付でここに記載するとよいだろう。

解析結果

Xの主張 Yの主張
第三者異議【民執法38】

① Yによる執行の開始

② Xが①の執行物につき、①の執行によって侵害される権利(所有権)を有する(A・X本件土地売買)

③ Xは①の執行債務者ではない

【§177】

① 不動産

② 物権変動(A→X)

③ Xに登記なし

⇒第三者Yに対抗不可

取得時効【§162】+援用【§145】

① 起算点:S.45.05.03△

② 時効期間:10年(H.55.05.03時効完成▲)

⑥ 占有時・善意無過失(Aからの売買)

③ 所有の意思

④ 他人(A・B)の物

⑤ 公然平穏(Aからの引渡し、サトウキビ畑)

【§177】(Y=時効完成▲後の第三者)

① 不動産

② 物権変動(B→Y抵当権):<A→X時効取得>

③ Yにα抵当権登記あり<Xに登記なし>

⇒第三者Xに対抗可<第三者Yに対抗不可>

∴占有者[X]は,自らが時効取得した不動産につき抵当権による制限を受け,これが実行されると自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされる

取得時効【§162】+援用【§145】

① 起算点:61.10.24▽(Yの抵当権設定登記時)

② 時効期間:10年(H.08.10.24時効完成▼)

⑥ 占有時・善意無過失(Yが抵当権を有することについて)

③ 所有の意思

④ 他人の物(Yの抵当権負担付きの不動産)

⑤ 公然平穏

⇒X、Yに対して登記なしでも対抗可

X、本件土地を原始取得

∴Yの抵当権、消滅

時効取得者[X]と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者[Y]との関係は対抗問題となり,時効取得者[X]は,抵当権の負担のある不動産を取得するにすぎない

∴再度のXの取得時効は抵当権の効力に影響なし

ア. 占有者[X]がその後にいかに長期間占有を継続しても抵当権の負担のない所有権を取得することができないと解することは,時効制度の趣旨に鑑みて,是認不可

イ.第三者が不動産を譲り受けた場合との比較

取得時効後の第三者が登記具備した後に占有者が占有継続して再度時効完成した場合

所有権喪失(最判昭和36.07.20)

>抵当権喪失

(特段の事情)

(抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情)

終わりに

【Y2番枠】で指摘したことだが、設定者による抵当権設定の性質を確認する必要がある。それが「処分行為」であるならば、所有権の二重譲渡に類似した、所有権譲渡(時効取得の反射)と抵当権設定という二重処分ということができよう。また時効取得が原始取得であることも、【X3番枠】で検討した。

Xの時効取得が原始取得であるのに、あたかもA(・B)からの承継取得のように§177が扱うことに疑念を持つ人は、良い着眼点を持っている。この問題については、大判大正07.03.02(大正6年(オ)888号)LEX/DB:27522601の判決理由を挙げておこう。

「時効ニ因(よ)ル不動産所有権ノ取得ハ、原始取得ナルヲ以テ法律行為ニ於ケル意義ノ当事者ナルモノナシト雖(いへど)モ、時効ニ因(よ)リ不動産ノ占有者カ其所有権ヲ取得スルハ、其(その)時効完成ノ時期ニ在リテ一方ニ占有者カ所有権ヲ取得スルノ結果、其時期ニ於テ目的タル不動産ノ所有者タリシ者ノ所有権消滅スルモノナルヲ以テ、時効完成当時ノ所有者ハ其取得者ニ対スル関係ニ於テハ恰モ伝来取得(=承継取得)ニ於ケル当事者タル地位ニ在ルモノト看做スヘキモノトス」

占有者は時効により所有権を取得し、その結果所有者は所有権を喪失するという事実によって時効完成時の所有者と占有者の関係は承継取得の当事者の地位にあるとみなすというのである。このこともよく理解しておこう。

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