最判平成08.10.29(平成5年(オ)956号)

物権法

はじめに

「第三者」(§177)は、「登記欠缺を主張する正当な理由のある第三者」であることは確立した判例である。そしてこの「第三者」の範囲に背信的悪意者が含まれないことも、また判例で認められている。そうであるならば、二重譲渡で背信的悪意者から権利を取得する契約を締結した転得者は、権利取得できるのだろうか? 権利取得できないとするならば、その契約は無効なのか? 逆に権利取得できるとしたら、どのように理論構成で可能となるのか?今回は「第三者」(§177)の範囲について検討していこう。

出典

民集第50巻9号2506頁、LEX/DB:28011420

百選I(第8版)061事件

当事者関係

X:松山市(原告、被控訴人、被上告人)

Y:Eからの本件土地購入者(被告、控訴人、上告人)

A:本件土地元所有者、元愛媛県知事(久松定武)

B:背信的悪意者

C:会社、BがAとの本件土地売買家役を代理

D・E:Bが経営する会社

G:Aの代理人

時系列表

S.30.03 A→X、「合併1」の土地の一部売買契約(松山駅前整備事業の一環の道路用地として)

代金完済(S.30.04.30)

S.30.05.13 分筆登記手続、手違い:本件土地、本来「合併6」なのに「合併7」と表示

「合併6」は、不存在。本件土地「合併7」はA名義の所有権移転登記。

S.30 X、本件土地に盛土整備
S.43.03 Xの道路境界査定調書に本件土地、「市道新玉286の1号線」と記載
S.44.06.21 X、本件土地に現況に近い形態のアスファルト道路整備、市道としての一般認識
S.48~ A、本件土地「合併7」につき固定資産税を納入
S.54. Xの備付道路台帳の本件土地、「市道新玉286の1号線」掲載
S.54.11 X、本件土地に市道金属標設置
S.57.夏

 

A、所在不明で固定資産税を支払っている土地の処分を検討

A、Gに所在不明土地を処分して500万円を得たい旨を相談

G、Bに協力要請。

S.57.10.25

 

A→C(B経営)売買契約、500万円(非道路としての実勢6000万円)

「土地不実在でも代金返還請求放棄」の念書付き(S.57.10.27登記)

B、本件土地「合併7」が公道であることを認識、本件土地「合併7」の所有名義がAのままであることを知る

B、奇貨として、公道廃止して不正に自己の利を図る(6000万円)目的で、その所有名義を取得

S.58.01 B、市道廃止のために周辺住民から同意書獲得努力、失敗に終わる
S.58.01.25 X、愛媛県の指示により「市道新玉286-1号線」と公示
S.58.02.25 C→D所有権移転登記
S.59.07.10 D→E所有権移転登記
S.60.08.14 E→Y売買契約、所有権移転登記
S.60.08.28 Y、本件土地にプレハブ建物2棟、バリケードを設置
S.62.03. X、市道編成「市道新玉47号線」に名称変更

Aを起点としたXと(C→D→E→)Yへの二重譲渡の関係となっている。

Aは愛媛県知事を5期務めた久松定武氏。「ポンジュース」の名付け親。旧松山藩主久松家の当主であるから「固定資産税を支払っている所在不明の土地がある」ということが言えるほど多く土地を持っていたのだろう。庶民が真似しても決して言えない科白である。本件土地はJR松山駅近くにあるらしい。Yが現状道路の土地の上にプレハブやバリケードを建てたので、当時は大問題になったと仄聞している。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「公道確認等請求事件」となっている。民事関係ではXの本件土地について、建建造物等の撤去土地明渡しや所有権移転登記等さまざまな請求がなされているが、その大本である本件土地所有権確認請求事件として民骨さんは扱いたい。本件土地所有権が確認されれば、その余の請求も当然認容されるからである。

訴訟物:Xの本件土地の所有権

請求の趣旨:「XとYとの間において、本件土地がXの所有であることを確認する」

判旨と判決理由

Yの上告に対して判旨は「上告棄却」であるので、「Xらの請求棄却?」ということになろうか。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

 

1 原審は、(一)昭和57年10月に本件土地を取得したCは、本件土地の二重譲受人になるが、Cを代理したBは、本件土地が既にXに売り渡され、事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知りながら、Xに所有権移転登記が経由されていないことを奇貨としてこれを買い受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものであるから、Cは背信的悪意者ということができ、Xは、登記なくして本件土地の取得をCに対抗し得る、(二)D及びEはいずれもBが実質上の経営者であり、Yは、Eから本件土地を買い受けたが、Cが背信的悪意者であって所有権取得をもってXに対抗できない以上、D及びEを経て買い受けたYも本件土地の所有権に関しXに対抗し得ない、と判断して、所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とするXの所有権移転登記手続請求を認容すべきものとした。

2 しかし、原審の右(一)の判断は正当であるが、(二)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。(中略)

3 ところで、所有者甲[A]から乙[X]が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙[C]が当該不動産を甲[A]から二重に買い受け、更に丙[C]から転得者丁[Y]が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙[C]が背信的悪意者に当たるとしても、丁[Y]は、乙[X]に対する関係で丁[Y]自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙[X]に対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(一)丙[C]が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙[X]は丙[C]が登記を経由した権利を乙[X]に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙[C]に対抗することができるというにとどまり、甲[A]丙[C]間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁[Y]は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、また、(二)背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法177条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。

4 これを本件についてみると、Yは背信的悪意者であるCから、実質的にはこれと同視されるD及びEを経て、本件土地を取得したものであるというのであるから、Yは背信的悪意者からの転得者であり、したがって、Cが背信的悪意者であるにせよ、本件においてY自身が背信的悪意者に当たるか否かを改めて判断することなしには、本件土地の所有権取得をもってXに対抗し得ないものとすることはできないというべきである。以上と異なる原審の判断には、民法177条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中本件土地の所有権移転登記手続請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるために右部分を原審に差し戻すのが相当である。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「Xの本件土地(「合併7」)の所有権」で、その確認訴訟であるから、先ずXは自己に本件土地所有権があることを主張しなければならない。それはAからXへの譲渡(売買契約)である。

そして民事訴訟は、法的紛争を1回で解決する制度であるから、訴えの利益、確認訴訟の場合には特に確認の利益がなければならない。つまり、XY間にXの本件土地所有権をめぐる争いがあり、Xの本件土地所有権が確認されれば、XY間の法的紛争が解決される、という利益である。具体的には、「Yは、本件土地(「合併7」)が自己所有であると主張してXの所有権を争っている」「YがXの本件土地(「合併7」)の所有権を否定して争っている」ということである。

【Y1番枠】

これに対して、Yは正当な所有者であることを主張立証してもよい。しかしYが本件土地の所有権移転登記を有しており、Xが対抗要件を具備するのがもはや不可能である。そこでYが対抗要件について、その欠缺を主張することにしたい。当然§177を適用する。

【X2番枠】

XはYの対抗要件具備に対しては、非常に苦しい。そこで、「第三者」(§177)をC(B代理)とし、Cが背信的悪意者であって、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者でないと主張することになる。さらに転得者、D・E・YもXに対抗できないような論理構成は、原審判断を参考にするしかない。

そこで判決理由3⑴で言われているところが関係するだろう。そこでは、結局Xの考えられる主張として、Cが背信的悪意者であるならば、Xに所有権を対抗できないからAC間の売買契約が無効であって、その結果Yは無権利者からの買受人に過ぎないとすることである。

【Y2番枠】

同じ3⑴で、Cが背信的悪意者である場合の§177と売買契約の関係が述べられている。ここではCがXに対抗できないだけで、AC間の売買契約が無効でないことが言われている。

【X3番枠】

今度は判決理由中3⑵が関係したらどうだろうか?そこでは「Cが背信的悪意者であって所有権取得をもってXに対抗できない以上、D及びEを経て買い受けたYも本件土地の所有権に関しXに対抗し得ない」としている。つまり、「第三者」(§177)をCに限定し(=only one)、D・E・YがそのCの地位を承継しているということになる。学説では「絶対的構成」と呼んだりしている

【Y3番枠】

それに対して、Cの背信的悪意者の地位が承継されない理論を主張しなければならない。そうすると、「第三者」(§177)は、Cに限定されず、YもA・C間の物権変動について「第三者」(§177)であると主張することになろう。しかし判決理由中、明確に言明されていない。

しかし、これが判決理由中にも「丁[Y]は、乙[X]に対する関係で丁[Y]自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙[X]に対抗することができるものと解するのが相当である。」と結論付けその理由として「第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者[ここではYか?]がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄である」とある。ということは、「第三者」(§177)は、当該物権変動の直接の第三者に限定されず、転得者も「第三者」(§177)ということになる。つまり本件の「第三者」(§177)は、C、D、E、Yであり、Yはそのうちの1人である(=one of them)ということである。それぞれについて、信義則に反しないかどうかを第一譲受人[X]との関係で「相対的に判断する」ということである。この第三者についての相対的な考え方は§94 IIに関する最判昭和45.11.19(昭和43(オ)732号)と共通している。

そうすると、Cが背信的悪意者であるという一事で転得者Yを排除した原審は、Yの背信性の有無について判断していないので、差戻しの必要性が生じたということになる。

解析結果

Xの主張

Yの主張

所有権移転登記請求←所有権【§206】

① Xが本件土地を所有していること

(1) Aが本件土地を元所有

(2) A・X間の売買契約締結(S.30.03)

② 本件土地についてY名義の所有権移転登記が存すること

所有権喪失の抗弁『考え方』74

(Yが本件土地を所有している)

1) Aが本件土地を元所有

2) A・C間の売買契約(B=Cの代理人)

3) C・D間の売買契約(C・D:B経営)

4) D・E間の売買契約(E:B経営)

5) E・Y間の売買契約

対抗要件の抗弁【§177】

① 不動産

②     物権変動(A→X売買契約)[A→……→Yの売買契約]

③     Xに登記なし[Yに登記あり]

→第三者Yに対抗不可[第三者Xに対抗可]

C(B)=背信的悪意者

≠登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者

① AがXに対して不動産を譲渡したことをBが知っている(悪意)

② 信義則違反【§ 1Ⅱ】

⑴ 信義則上の義務

本件土地が現状道路である状態をC(B)が尊重するだろうとのXの信頼を裏切ってはならない

⑵ ⑴違反

本件土地がXの未登記を奇貨として、道路を廃止して不当な利益を得ようとしている

∴C、Xに所有権取得を対抗不可

X、登記なくしてCに自己所有権の対抗可

∴A・C売買契約無効、C=無権利者

∴無権利者CからD・E・Yは権利取得不可

C=背信的悪意者

⇒Cが登記を経由した権利をXに対抗不可

X登記なくして所有権取得をCに対抗可

≠AC間の売買自体の無効

∴Y、AC間の売買有効ならば、C≠無権利者

C=「第三者」(§177)かつ背信的悪意者

D・E・Yも背信的悪意者の地位を承継[絶対的構成]

∴ Y=背信的悪意者

Y=「第三者」(§ 177)[相対的構成]

A・Xの売買契約とは無関係に取引関係に入った

背信性は、Y自身において判断すべきである

登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄

Xとの関係でYに背信性があるか否かを判断する必要あり

終わりに

某予備校で「絶対的」と「相対的」という言葉を説明するのに、英訳し「only one」と「one of them」としていたがこれは至言である。Xの主張する絶対的構成は、当該物権変動の当事者から直接権利の設定・移転を受けた者だけ(only one)を「第三者」(§177)とするのに対して、Yの主張し、最高裁も認める相対的構成は、当該物権変動後に登場するその物権変動からの転得者をも、DもEもYも「第三者」(§177)としている。つまり、Yも「第三者」(§177)の内の1人(one of them)なのだ。それぞれの「第三者」(§177)について、登記欠缺を主張する正当な理由があるかどうか、という柔軟な解決を最高裁はしていると、民骨さんは評価したい。

差戻審については情報がないが、おそらくYの背信性が認定されたのではなかろうか?

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