最判昭和46.11.05(昭和42年(オ)468号)

物権法

はじめに

民法では、意思表示のみで物の所有権が移転する(§ 176)。「一物一権主義」が厳守されるならば、第1譲受人に所有権が移転すると、第2譲受人は登場しないはずである。しかし我が国の法制では、第2譲受人の存在を肯定しつつ、譲受人間での所有権の確定を対抗要件によって決定することにしている(§§ 177,178)。

さて不動産の二重譲渡、例えば第1譲受人の後に第2譲受人が出現し、対抗要件である登記を第2譲受人が具備した場合に、第2譲受人が完全な所有権を取得することには異論の余地はない。問題は所有権が一度第1譲受人に移転して、その後第2譲受人の対抗要件具備時に第1譲受人に移転するのだろうか? それとも第2譲受人の対抗要件具備時まで所有権の帰属は確定せず、具備時に初めて第2譲受人に所有権が移転することになるのだろうか? もしそうだとするならば、第1譲受人は所有権は移転しないのだろうか? 取得時効がらみであるが、この問題について判例はどのように考えているのか、検討してみよう。

出典

民集第25巻8号1087頁、LEX/DB 27000607

百選I(第8版)057事件

当事者関係

X:本件土地占有者(原告、被控訴人、上告人)、Aからの第1譲受人。

Y:本件土地登記名義人(被告、控訴人、被上告人)、Cからの譲受人。

A:本件土地元所有者、A’:Aの相続人

B:A’からの第2譲受人。

C:Bからの譲受人

X(控訴人、上告人);Y(控訴人、被上告人);A:元々の売主)

時系列表

S.25.01.27 A、大蔵省から本件土地を買い受け‘
S.27.01.26 A→X、本件土地売買契約
S.27.02.06 A→X、引渡、登記未了☆
S.27.03.22 A死亡、A’相続
S.30.11.22 A’がS.27.1.28に大蔵省譲渡人、A譲受人とする所有権移転登記了
S.33.12.17 A’→B、本件土地売買契約、登記了(12.27)◇
S.34.06頃 B→C、代物弁済(⇔買掛代金債務)、登記未了
S.34.06.09 C→Y、本件土地売買契約、登記(中間省略登記B→Y)了
S.37.02.06 時効完成(X主張)★
S.41. X、Yへ訴え提起(Y主張の時効完成時期であれば、時効完成猶予)
S.43.12.17 時効完成(Y主張)◆

A(A’)を起点とする二重譲渡であることが理解できるだろうか。

訴訟物・請求の趣旨

事件名が「土地所有権確認等所有権取得登記抹消登記手続本訴並に建物収去明渡反訴請求事件」となっている。本訴の方だけみると「土地所有権確認等所有権取得登記抹消登記手続(請求事件)」となっている。そうするとXは「所有権確認請求事件」と一般化された名称であれば「所有権移転登記抹消登記手続請求事件」という2つの事件を併合して訴えを提起していることが見て取れる。「所有権確認請求事件」の請求の趣旨は「XとYとの間において、本件土地がXの所有であることを確認する。」というものである。「確認請求事件」の「確認」は裁判所がする。また何を確認するか、というと紛争当事者X・Y間での本件土地所有権の帰属である。すなわち訴えを提起するXが訴訟の対象とするのは、「Xの本件土地所有権」である。また所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権(または所有権移転登記手続請求権)も訴訟物であるが、確認請求事件が認容されれば、登記手続請求権も認容されることになるので、割愛する。

訴訟物:Xの本件土地所有権

請求の趣旨:「XとYとの間において、本件土地がXの所有であることを確認する」

判旨

Xの上告に対して判旨は「破棄差戻」であるので、「Xの請求認容?」ということになる。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

しかし、不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。当該不動産が売主から第2の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第2の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第2の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第2の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第1の買主に移転し、第1の買主から第2の買主に移転するものではなく、第1の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第1の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法162条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和40年(オ)第1265号、昭和42年7月21日第2小法廷判決、民集21巻6号1643頁参照)。https://mincots.com/?p=244

してみれば、Xの本件各土地に対する取得時効については、Xがこれを買受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得したXの本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、Xは、その占有を始めた昭和27年2月6日から10年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、XはYに対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。これと異なる見解のもとに、本件取得時効の起算日はBが所有権移転登記をした昭和33年12月27日とすべきであるとして、Xの時効取得の主張を排斥した原審の判断は、民法162条の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は破棄を免れない。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「Xの本件土地所有権」であるから、Xは所有権の根拠、つまりAからの譲渡(売買契約)により所有権を取得したことを主張する。

確認訴訟では、「Xの本件土地所有権」が確認されることによって、X・Y間の法的紛争が終局的に解決される必要がある。そのことを「確認の利益」という。具体的には「Yが本件土地所有権を主張してXと争っている」ことが必要である。

【Y1番枠】

ここではYが反訴(民訴法146)を提起している。反訴は原告Xの本訴の訴訟物または防御方法と関連する訴訟物を本訴継続中に被告Yが提起する訴えである。「本件土地所有権」を正にYも訴訟物としている。

Yが所有権を根拠づけるためには、A(→A’(相続))→B→C→Yを主張立証することになる。そうすると、Aを起点としたX・Yへの二重譲渡の関係となる。

二重譲渡となれば§177の出番である。ここでは「裏」の使い方である「対抗要件具備の抗弁」と言われるものである。つまりYが対抗要件を具備したことによって第三者Xに本件土地所有権を対抗できるとする使い方である。

【X2番枠】

二重譲渡でしかもYが対抗要件も具備したとなると、Xは万事休すである。そこでXは取得時効を主張する。起算点は当然売買契約後Aから本件土地の引渡しを受け占有を始めた時である。また本件土地の売買契約をしたことから本件土地についての所有の意思もある。さらにAから土地の引渡しを受けて占有開始していることから、平穏・公然に占有している。

【Y2番枠】

Yとしては時効未完成に持ち込む必要がある。判決理由中否定されているのだが、「売主から一旦第1の買主に移転し、第1の買主から第2の買主に移転する」という部分がYにとって使える論拠となる。§176により、一旦Xに所有権が移転したが、Bが登記を得た時点でBに所有権が移転することが確定する。この時点でXからBへ所有権が移転した、と構成するのである。そうすると「他人の物」の占有が開始するのが、Bが登記を得た時点(S.33.12.27)となる。

【X3番枠】

Xは、時効完成をあくまでも根拠付けたい。そうすると、判決理由中、長い第1文が利用できる。つまり譲渡人と第1譲受人との間では所有権が意思表示によって移転するが(§176)、第三者である第2譲受人が登場すると、その第2譲受人との関係では、第2譲受人が登記を得た時に所有権が第2譲受人に移転することが確定する。その場合、所有権は譲渡人から第2譲受人に直接移転するのであるから、第1譲受人は当初から無権利者ということになる。その結果占有開始時から他人の物を占有していたというこになる。

【Y3番枠】

(なお、~)部分があり、なぜYが登記を得ているのに、Xに対抗できないかについて、言及しなくてもよいが、学習のために触れておこう。この【Y3番枠】と【4番枠】は蛇足である。

【X4番枠】

YはXの時効取得により反射的に権利を喪失する権利者の地位をAから承継している。したがってXが取得時効援用時の当事者である。したがって、Yは「第三者」(§177)ではない。

解析結果

Xの主張 Yの主張
所有権確認請求 『考え方』144

① Aが本件土地を元所有

② AとXが本件土地の売買契約を締結(S.27.01.26)【§555】

1) Aが本件土地所有権をXに移転する

2)  XがAに売買代金を支払う

③ Yは、本件土地が自己所有であると主張してXの所有権を争っている(確認の利益)

[反訴]所有権確認

① Yが本件土地を所有

 Aが本件土地を元所有

 ⑵ A’、Aから本件土地を相続

 ⑶ AとBが本件土地の売買契約を締結S.33.12.17)

⑷ BがCに本件土地を代物弁済(S.34.06頃)

⑸ CとYが本件土地の売買契約を締結(S.34.06.09)

② Xは、本件土地が自己の所有であると主張して、Yの所有権を争っている

対抗要件具備の抗弁【§177】

① 本件土地=不動産

② 物権変動(A→B→…→Yの転々譲渡)

③ Yに登記あり

→Yは第三者Xに②の対抗可

時効取得【§162Ⅱ】+時効援用【§145】

① 起算点:S.27.01.26

② 時効完成 10年

占有開始時に善意無過失

 

③ 他人の物

④ 所有の意思(A・X間の売買契約)

⑤ 平穏公然

⑥ 起算点①で善意・無過失

時効未完成

起算点=S.33.12.27

第2買主たるBが登記をして確定的に所有権を取得したとき

それまでX(自己)の所有物(~S.33.12.27)

(1) 起算点:S.33.12.27、

(2) (1)から10年間未経過

時効完成

(1) 起算点:S.27.01.26=Xの占有開始時

・第2買主Bが所有権移転登記を得るまで権利未確定

・第2買主Bが所有権移転登記を得た段階で、XはS.27.01.26当初から無権利者確定

(2) (1)から10年間未経過

【§177】

① 本件土地=不動産

② 物権変動(A→B→…→Yの転々譲渡)

③ Yに登記あり

→Yは第三者Xに②の対抗可

Y≠「第三者」(§177)

Y=Xの時効取得による権利喪失の当事者の地位を承継

終わりに

この判例では、時効がらみであるが、二重譲渡をどのように把握すべきかについて、判例は明確な態度を示している。

第1譲受人しか存在しない場合には、譲渡人との間で所有権が確定的に移転する。

しかし第2譲受人が登場すると、第2譲受人との関係で、所有権の帰属が未確定になる。そして対抗要件を具備された時点で、対抗要件を得た譲受人に所有権の移転が確定し、得られなかった者の所有権は当初から移転しなかったものとみなされる、ということである。

学説はいろいろと説明しており、【Y2番枠】と同様の主張をするものもある。しかし判例の態度である、対抗要件具備時点で所有権の移転を決するというこの態度を、判例変更があるまで堅持すべきだと、民骨さんは思う。

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