最判平成05.10.19 (平成元年(オ)第274号)

債権各論

はじめに

請負人が建築材料の主要部分を提供して建物を完成した場合、その建物の所有権は、請負人に帰属するというのが判例である[大判昭和7.5.9(昭和6年(オ)第2656号)]。そうであるならば請負人が材料を提供して仕事した建築完成前の出来形部分の所有権も、請負人に帰属するはずである。ところで注文者と請負人との請負契約で、契約解除時の出来高部分の所有権が注文者に帰属するとの特約があり、請負人が下請負人に注文者からの仕事を一括請け負わせたとする。そして下請負人が材料を提供して仕事した建築完成前の出来形部分がある場合、その所有権は下請負人にあるのだろうか?もしも注文者に帰属するとしたら、注文者と請負人の契約の効力が、契約関係にない下請負人に及ぶことになってしまうが、それは妥当なのだろうか?さらに下請負人が材料提供などで出捐したものについて、注文者に請求できるのだろうか?この判例はいろいろな論点が含まれている。判例解析をする上で注意しなければならないのは、できるだけ「1対1対応」の論理関係を形成することである。判決理由は結構錯綜している。どのように整理するか?腕の見せ所でもある。

出典

民集第47巻8号5061、LEX/DB:27816621

百選II(第8版)069事件

当事者関係

X:Aの下請負人(原告、控訴人、被上告人)

Y:注文者(被告、被控訴人、上告人)

A:元請負人

B:新請負人

時系列表

S.60.03.20 YA、3500万円の建物建築工事請負契約締結(本件元請契約)、100万円支払い

「Yは工事中契約を解除することができ、その場合工事の出来形部分はYの所有とする」

S.60.04.10 Y、Aに代金の一部900万円支払い
S.60.04.15 AX、2900万円建物建築工事一括下請負契約締結(本件下請契約)

AもXもこの一括下請負についてYの承諾を得ていなかった

X、自ら材料を提供して本件建物の建築工事を施工
H.60.05.13 Y、Aに代金の一部950万円支払い(計1950万円)
H.60.06.13 A、自己破産の申立て
S.60.06.15 Y、Aへの代金の一部580万円支払い予定
S.60.06.17頃 Y、本件下請契約の存在を知り、21日に、Aに対して本件元請契約を解除する旨の意思表示

XY,工事継続について協議

S.60.06.29 Y、Xに対し工事中止を請求
S.60.06.下旬 X、工事中止。工事全体の26.4%の出来高の本件建前[2900万円×0.264=765万6千円]
S.60.07.04 A, 破産宣告受ける→X、下請代金の支払を全く受けられなかった
S.60.07.29 YB、2500万円の建物建築工事請負契約締結
S.60.10.26 B、工事完成、Y代金支払い、建物所有権保存登記

訴訟物・請求の趣旨

訴訟物:XのYに対する本件建物所有権に基づく返還請求権としての建物明渡請求権

請求の趣旨:「YはXに対し、本件建物を明け渡せ」

判旨

Yの上告に対して判旨は「Y敗訴の部分を破棄する。前項の部分につき、Xの控訴を棄却する」という「破棄自判」であり、「X請求棄却」である。「X完敗判決」といってもよい。

判例分析

判決理由中Xにとって有利な部分と、Yにとって有利な部分を分析していこう。

二 原審は、右事実に基づき、(一) 本件建前は、いまだ不動産たる建物とはなっていなかった,(二) AとXとの間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、Xは本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工したXに帰属する、(三)本件建物は、本件建前を基にBが自ら材料を提供して建物として完成させたものであり、Bの施工価格とその提供した材料の価格の合算額は本件建前の価格を超えると認められるから、本件建物の所有権はBに帰属し、BとYの合意によりYに帰属した、(四) Xは、本件建前が本件建物の構成部分となってその所有権を失ったことにより、本件建前の価格相当の損失を被り、他方、Yは、本件建前を基に建物を完成させることをBに請け負わせ、その請負代金も本件建前分を除外した部分に対して支払われたから、本件建前価格に相当する利得を得た、(五) したがって、YはXに対し、民法246条、248条により、本件建前価格に相当する765万6000円(下請代金2900万円の出来高26.4パーセントに相当する額)を支払う義務がある、と判断した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

建物建築工事請負契約において、注文者[Y]と元請負人[A]との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者[Y]に帰属する旨の約定がある場合に、当該契約が中途で解除されたときは、元請負人[A]から一括して当該工事を請け負った下請負人[X]が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者[Y]と下請負人[X]との間に格別の合意があるなど特段の事情のない限り、当該出来形部分の所有権は注文者[Y]に帰属すると解するのが相当である。けだし、建物建築工事を元請負人[A]から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人[A]の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人[X]は、注文者[Y]との関係では、元請負人[A]のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者[Y]のためにする建物建築工事に関して、元請負人[A]と異なる権利関係を主張し得る立場にはないからである。

これを本件についてみるのに、前示の事実関係によれば、注文者であるYと元請負人であるAとの間においては、契約が中途で解除された場合には出来形部分の所有権はYに帰属する旨の約定があるところ、A倒産後、本件元請契約はYによって解除されたものであり、他方、Xは、Aから一括下請負の形で本件建物の建築工事を請け負ったものであるが、右の一括下請負にはYの承諾がないばかりでなく、Yは、Aが倒産するまで本件下請契約の存在さえ知らなかったものであり、しかも本件においてYは、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分である本件建前価格の二倍以上に相当する金員をAに支払っているというのであるから、Yへの所有権の帰属を肯定すべき事情こそあれこれを否定する特段の事情を窺う余地のないことが明らかである。してみると、たとえXが自ら材料を提供して出来形部分である本件建前を築造したとしても、Yは、本件元請契約における出来形部分の所有権帰属に関する約定により、右契約が解除された時点で本件建前の所有権を取得したものというべきである。

四 これと異なる判断の下に、XはYとAとの間の出来形部分の所有権帰属に関する合意に拘束されることはないとして、本件建前の所有権が契約解除後もXに帰属することを前提に、その価格相当額の償金請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中Y敗訴の部分は破棄を免れない。

そして前記説示に徴すれば、XのYに対する償金請求は理由のないことが明らかであるから、これを失当として棄却すべきであり、これと同趣旨の第一審判決は正当であるから、原判決中Y敗訴の部分を破棄し、右部分につきXの控訴を棄却することとする。

判例解析

【X1番枠】

訴訟物が「XのYに対する本件建物所有権に基づく返還請求権」である。そこでいうべきであるのは、① Xが本件建物の所有権者であることと、② Yが本件建物の占有者であることを主張する必要がある。①を根拠付けるために、Xが主張することは、Aから仕事を請負い、「1471万円余相当の全材料を支出した建前はXの所有であり、Yが一方的な事由によりXの工事を中止させた場合、完成建物の所有権は原告に属する」したことである。

【Y1番枠】

②については争いない。このXの①の主張はある意味無茶苦茶な理由である、それに対する反論もいろいろと判決理由中にある。ここで注意すべきことは、できるだけ「1対1対応」の議論を目指すことである。すると、先ずは、①を否認するところから、つまり本件建物所有者がY自身にあることを主張することになる。

本件建物がY所有であることについて、判決理由中「Yへの所有権の帰属を肯定すべき事情」に関する記述を利用することになろう。

【X2番枠】

建物所有権が認められないならば、「建前」ともよばれ判決理由中で「出来形部分」と称される建築完成前の構造物の所有権をXとしては主張することになる。大判昭和7.5.9(昭和6年(オ)第2656号)の、「請負契約ニ基キ請負人カ建築材料ノ主要部分ヲ供シテ建物ヲ築造シタルトキハ特約ナキ限リ其ノ建物ノ所有権ハ請負人ニ在リ」が根拠となるのだが、当然のこととしてか、この判例に言及はない。

出来高部分の所有をXが主張するメリットは、それによって§248による償金請求を基礎付けることができるからである。これは原審で成功して認められている。Xが所有するとする出来形部分[建前]に第三者が材料を供して建物を完成させた場合の所有権が第三者に帰属したことが基礎となる。これについて最判昭和54.1.25(昭和53年(オ)第872号)は§246IIに基づいて決定すべきである、と判示している。

【Y2番枠】

いろいろと反論が考えられるのだが、先ず考えられるのは、【X2番枠】にある「特約ナキ限リ」の「特約」の存在を主張すことだろう。つまり「注文者[Y]と元請負人[A]との間に、契約が中途で解除された際の出来形部分の所有権は注文者[Y]に帰属する旨」の約定の存在である。「X=履行補助者」の論点があるが、「1対1対応」を考えると、ここでは割愛し、別の【Y3番枠】での出番を予定することにしたい。

【X3番枠】

特約の存在が出てきたが、それについて判決理由中、破棄される原審判断に関係する部分がある。つまり「(二)AとXとの間では出来形部分の所有権帰属の合意がなく、Xは本件元請契約には拘束されないから、本件建前の所有権は、材料を自ら提供して施工したXに帰属する」という部分である。AY間の合意に拘束されないという主張である。

【Y3番枠】

ここで、XがAY契約に拘束される理由を探すことになる。すると「建物建築工事を元請負人[A]から一括下請負の形で請け負う下請契約は、その性質上元請契約の存在及び内容を前提とし、元請負人[A]の債務を履行することを目的とするものであるから、下請負人[X]は、注文者[Y]との関係では、元請負人[A]のいわば履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者[Y]のためにする建物建築工事に関して、元請負人[A]と異なる権利関係を主張し得る立場にはない」という部分がある。ここで先ほど我慢した「X=Aの履行補助者」ということを触れる。AY契約の効力がXに及ぶ理由を下請人Xが請負人Aの履行補助者であるとする構成には、民骨さんも思わず唸ってしまった。

【X4番枠】

裁判所が指摘する【Y3番枠】に対する反論としては「特段の事情」が挙げられている。それは「注文者[Y]と下請負人[X]との間に格別の合意がある」ということでる。つまり、XY間に「出来形部分の所有権は下請負人[X]に帰属する」という合意があることである。しかし、その存在は認められていない。

解析結果

Xの主張 Yの主張
返還請求

① X=本件建物所有者

・ AX間の請負契約

・ 全材料を支出して1471万円余相当の仕事

・ Yの一方的な工事中止

∴本件建物の所有権取得

② Y=本件建物占有者

Y=所有者

・Aへの一括下請負にはYの承諾がない

・Y、Aが倒産するまで本件下請契約の存在不知

・Yは、契約解除前に本件元請代金のうち出来形部分価格[756万6千円:原審認定]の2倍以上の金員[1950万円]のAへの既払

X=出来形部分の所有者

① AX間の請負契約

② ①に基づきXが禅材料を支出

③ ②による出来形部分[756万6千円]

⇒③は請負人Xの所有    [大判昭和7.5.9]

償金請求【§248】

① §246 IIによるXの損失

⑴ .加工【§246Ⅱ】[最判昭和54.1.25]

① Xの動産[出来高部分:756万6千円]

② Bが加工を加えたこと

③ Bが加工に材料を提供したこと

④ Xの動産[出来高部分:756万6千円]

<<<Bの材料・加工価格[2500万円]

⇒B、本件不動産の所有権取得(→Y所有権移転特約)

② Yの利得

③ ①②の因果関係

⇒ XのYに対する①の償金請求

特約の存在

AY間での、契約が中途で解除された場合、出来形部分の所有権はYに帰属する旨の約定

・AX間で、出来形部分の所有権帰属の合意なし

・X、AY間の本件元請契約に拘束されない

∴出来形部分=X所有

AXの契約=一括請負契約

・AY間の元請契約の存在及び内容を前提

∴出来形部分=Y所有

・元請負人[A]の債務を履行することを目的

∴ X=元請負人[A]の履行補助者的

∴ XY関係でAY契約と異なる権利関係を主張不可

元請負人[A]の債務を履行することを目的とするもの

(特段の事情)

(出来形部分の所有権が下請負人Xに帰属する旨のXY間の合意の存在)

終わりに

請負人がした仕事、特に建物の所有権の帰属という論点に関する判例であった。民骨さんは【Y3番枠】でも述べたが、請負契約の当事者でない下請人に請負契約の効力が及ぶ理由を、下請人が請負人の履行補助者であるとしたことは、非常に感動した。判例解析をして初めて理解できる論理展開である。上辺のところだけ、サラッと読み飛ばすと見出すことは難しいだろう。

それにしても、判決理由の論理が結構錯綜していて苦労した。「特段の事情」の前にあるのが、本件建物の所有権帰属についてであるのに、「特段の事情」はある意味、出来形部分の所有権帰属の話で、直接結びついていない。また履行補助者の判示事項も、どういう文脈で出てきたのか、非常にわかりくく、苦労した。民骨さんの「深読み」が誤読でないことを願うのみである。AY契約

よく判例を素材としたゼミで、感情論で構成する人がいる。本件では、Xを保護すべきであるのに、「反故」にされた不当な判決である、といった具合である。しかし法適用学では、判例の一見あると考えられる矛盾の解消を考えることを主眼におく。XはYに償金請求すべきでなかった、という結論である。それならばXは誰に自己の出捐分を請求すべきであろうか?この場合は、XのAに対する(下)請負契約に基づく報酬支払請求権§632があるのだから、Aに請求すべきである。Aが自己破産して、配当が少ないとしてもである。全てをXY関係で完結しようとして無理が生じる場合には、Xと他者との関係をも考察すべきである。

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